那智山青岸渡寺(紀州)


熊野那智大社のすぐ隣りにある古刹。西国霊場の第一番札所として知られている。明治の神仏分離令の前までは、那智山如意輪堂と言われ那智信仰と深く結びついていた。仁徳帝の時(313-399)にインドから裸形上人が熊野の地に漂着し庵を結んだとの伝説がある。勅願寺となったのは推古帝(593-628)の時代。



何といっても有名なのは、山内で目印ともなる三重の塔。平安時代末期に建造されたが焼失。昭和47年に再建されたもの。青岸渡寺という名称は明治時代に入ってからのものであるのと同様、三重塔の歴史も新しい。しかし、青岸渡寺の代名詞ともなっている三重塔。
三重塔より少し奥にある如意輪堂(本堂)も創建は古いが天正9年に惜しくも焼失。こちらは、豊臣秀吉が天正18年に再建されている。

本堂の前の急な階段を下りると坂道の脇にお店が連なる。