
モロッコ・テレコム(Itissalat Al-Maghrib S.A.,Maroc Telecom)は、モロッコ王国ラボラに本社を置く、同国最大かつ最古の総合電気通信事業者。
モロッコ・テレコム(正式名称イティサラート・アル・マグリブ、Itissalat Al-Maghrib S.A.、以下IAM)の淵源は、モロッコにおける近代的な通信事業の歴史そのものに遡る。同国では19世紀末、スルタン・ハッサン1世の治世下で最初の郵便制度が整備され、その後1913年には郵便電信電話事業を担う組織が設立された。20世紀後半に入ると通信網の整備が加速し、1971年にはテレックス業務が自動化され、1987年にはアナログ方式の携帯無線電話が導入されるなど、段階的な近代化が進められた。1992年には初の海底光ファイバーケーブルが敷設され、1994年にはGSM方式の携帯電話サービスが開始、1995年にはインターネットサービスも導入された。これらの通信事業は長らく郵便事業と一体化した国営組織である国立郵便電気通信庁(ONPT)によって運営されていたが、通信自由化の潮流の中で郵便と電気通信を分離する必要性が高まっていった。
こうした流れを受けて1996年に法律24-96号が公布され、これに基づく施行令の整備を経て、1998年2月3日にONPTが郵便部門(後のバリッド・アル・マグリブ)と通信部門に分割され、通信部門を継承する形でイティサラート・アル・マグリブ(IAM)が設立された。国際的な認知度を高める目的から、後にモロッコ・テレコムという通称が用いられるようになったが、法人としての正式名称は現在もイティサラート・アル・マグリブである。設立当初は国が全株式を保有する独立した株式会社であり、モロッコ国内における固定電話、携帯電話、インターネットの各事業を一元的に担う歴史的事業者としての地位を確立した。
モロッコ政府は通信分野における国際競争力の強化と財政基盤の確立を目的として、2000年前後から民営化政策を推進した。国際入札を経て2001年2月20日、モロッコ政府はIAM株式の35パーセントをフランスのメディア・通信複合企業ヴィヴェンディに売却し、同社は経営に関与する戦略的パートナーとなった。ヴィヴェンディはその後も出資比率を拡大し、2004年11月には51パーセントに、2007年末には53パーセントにまで持株比率を引き上げている。この過程で残余株式はモロッコ王国の資産運用機関であるカイス・ド・デポ・エ・ドゥ・ジェスティオン(CDG)が30パーセントを、公開市場の投資家が約17パーセントを保有する構成となった。
モロッコ・テレコムは2004年12月、カサブランカ証券取引所とユーロネクスト・パリに同時上場を果たし、発行済株式のうち約13から15パーセント程度が浮動株として市場に供された。この上場により同社は北アフリカを代表する大型上場企業としての地位を得るとともに、資本市場からの調達力を活かしてサハラ以南アフリカへの事業展開を本格化させていった。同年にはモーリタニアの historique事業者モーリテルの株式54パーセントを取得し、翌2006年にはブルキナファソのオナテルの株式51パーセントを、2007年にはガボンのガボン・テレコムの株式51パーセントを、さらに2009年にはマリのソテルマの株式51パーセントを相次いで取得した。これにより同社は単なる国内事業者から、西アフリカおよび中部アフリカに跨る多国籍通信グループへと変貌を遂げることとなった。
2013年、ヴィヴェンディは事業ポートフォリオの見直しを進める中でモロッコ・テレコム株式の売却方針を明らかにし、アラブ首長国連邦の通信大手エティサラットとの交渉に入った。両社は売却契約を締結し、2014年5月に取引が完了、ヴィヴェンディが保有していた53パーセントの株式が総額約41億ユーロでエティサラット側に譲渡された。この株式はエティサラットが91.3パーセント、アブダビ開発基金が8.7パーセントを出資する持株会社を通じて保有される形が取られ、モロッコ王国は30パーセントの株主として残留した。経営権の移行に伴い、エティサラットは自社が保有していたベナン、コートジボワール、ガボン、ニジェール、中央アフリカ共和国、トーゴの6カ国における通信子会社をモロッコ・テレコムに譲渡し、同社のアフリカにおける事業基盤は一段と拡大した。なお2016年にはガボン・テレコムと旧アトランティック・テレコム・ガボンとの統合も行われている。
アフリカ各国での子会社取得を経て、モロッコ・テレコムグループは長年、国ごとに異なるブランド名で事業を運営してきたが、グループとしての一体感とブランド価値の最大化を図るため、近年はアフリカ子会社群を「Moov Africa」の統一ブランドの下に再編する取り組みを進めている。これにより、モロッコ国内の主力事業に加え、モーリタニア、ブルキナファソ、マリ、ガボン、ベナン、コートジボワール、ニジェール、中央アフリカ共和国、トーゴ、チャドなど広範な市場でグループとしての一貫した顧客体験の提供を目指す体制が構築された。ガバナンス面でも、従来の経営委員会・監督委員会という二層構造から単一の取締役会体制への移行が進められ、経営の機動性向上が図られている。
2020年代に入ってからも、モロッコ・テレコムは国内における光ファイバー網の高速化を推進しており、2016年に導入した最大200メガビット毎秒のサービスに続き、2025年にはモロッコ国内で初めてギガビット級となる最大1000メガビット毎秒のプランを投入するなど、通信インフラの高度化を継続している。2025年11月にはモロッコ国内で5Gサービスが商用開始され、モロッコ・テレコムも他の国内事業者とともにその展開を担った。国際金融公社(IFC)との間では2025年6月、チャドおよびマリにおけるデジタル接続性の向上を目的とした3億7000万ユーロ規模の融資契約が締結されるなど、アフリカ市場における投資も継続された。2026年第1四半期には総売上高が前年同期比5パーセント増の93億ディルハムに達するなど、モロッコ国内事業の緩やかな回復とモーヴ・アフリカ部門の力強い成長により、グループ全体の業績は底堅さを保っていた。株式時価総額については市況によって変動があるものの、2026年半ば時点では米ドルベースでおおむね90億ドル前後の水準で推移しており、同時期のモロッコ国内では金融最大手アッタジャリワファ銀行に次ぐ規模の上場企業として位置づけられている。
第1版:2026-08-29.
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