ファースト・パシフィック

First Pacific Company Limited は,香港を本拠とする多国籍投資持株会社であり,インドネシア最大級の財閥である Salim Group の国際的な資産運用と戦略投資の中枢である.同社は1981年に設立され,創業以来,東南アジアを中心とした新興市場に対し,食品,通信,インフラ,天然資源,医療といった幅広い分野への投資を行ってきた.現在の最高経営責任者[Managing Director 兼 CEO]は Manuel V. Pangilinan[通称 MVP]であり,一方で Anthoni Salim は2003年から同社の会長[Chairman]を務めており,Salim Group の実質的な支配者として位置づけられる.

同社は,上場企業であるがゆえに一定の財務開示が義務づけられており,Salim Group の中では例外的に統治構造が可視化されている.それにもかかわらず,実質的な経営および議決権の多くは Salim 一族の手中にあり,特に Anthoni Salim が中核的な支配権を有している.この支配構造は,個人資産管理会社やケイマン諸島などを拠点とする特別目的会社[SPC]を通じて間接的に維持されており,Salim Group の典型的な資本構成を反映している.

First Pacific の最大の投資先はインドネシアの Indofood Sukses Makmur Tbk である.これは世界最大のインスタント麺製造企業であり,世界的な即席麺ブランド Indomie を擁する垂直統合型の食品コングロマリットである.製粉,食用油,スナック,飲料,乳製品,農業プランテーションに至るまで一貫した供給網を有しており,同社グループの収益の多くを担っている.

さらに,フィリピンにおいては,通信事業の PLDT[Philippine Long Distance Telephone Company]およびインフラ企業の Metro Pacific Investments Corporation を戦略的投資先として保有している.PLDT はフィリピン最大の通信事業者であり,モバイル,固定電話,ブロードバンド等の分野を包括している.Manuel Pangilinan は2024年1月に PLDT の社長兼 CEO に再任されており,First Pacific からの派遣経営陣として同社の戦略的統制を担っている.一方,Metro Pacific は高速道路,水道,病院運営といった公益・社会インフラを網羅しており,同国の経済基盤の一翼を担っている.Pangilinan は Manila Electric Company[Meralco]の会長を長年務めており,2023年6月以降は社長兼 CEO を再び兼務している.

First Pacific の事業領域には,天然資源分野も含まれており,主にパーム油プランテーション,鉱業権益,およびその他の農業関連事業への投資を指している.このように First Pacific は,インドネシアとフィリピンを軸に東南アジア全体への戦略的な経済投資を行っており,Salim Group にとっては「海外フロントオフィス」の役割を果たしている.

1997〜1998年のアジア通貨危機において Salim Group はインドネシア国内資産の多くを喪失したが,First Pacific はこの危機を乗り切り,以後の再建期において財閥グループの再編と国際資産防衛の中核となった.財務面では,保有子会社からの安定的な配当金を主要収益源としつつ,新規事業への投資原資として再配分している.とりわけ Indofood からのキャッシュフローは極めて堅固であり,これが First Pacific の安定した資本政策と格付維持の根拠となっている.

同社の経営戦略は一貫して東南アジアの成長性を取り込むことにあり,そのため現地の政治リスク,法制度,規制当局との関係維持が極めて重要な経営課題とされている.とりわけフィリピンにおけるインフラ投資に関しては,政権交代ごとの政策転換に対応する柔軟性が求められ,First Pacific のような持株会社にとって高度な調整能力が問われる場面が多い.

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