
アイバンホー・エレクトリック(Ivanhoe Electric Inc.)は、主に電気自動車(EV)やクリーンエネルギーへの移行に不可欠な銅、ニッケル、コバルト、金、白金族などの重要鉱物(クリティカル・ミネラル)の探査と鉱山開発を行う企業。時価総額は約18億から約20億ドル(2026)。
アイバンホー・エレクトリックは、2020年7月、米国デラウェア州で設立された。設立の主体となったのは、鉱業界で世界的に知られる企業家ロバート・M・フリードランド(Robert M. Friedland)。フリードランドは1993年に設立された旧アイバンホー・マインズ(Ivanhoe Mines)をはじめとする複数の資源会社を率いてきた人物であり、モンゴルのオユトルゴイ銅金鉱床の発見などで知られる。アイバンホー・エレクトリックは、こうしたアイバンホー・グループの系譜に連なる企業として構想され、米国内における銅をはじめとする「電化に必要な金属(エレクトリック・メタルズ)」の探査と開発に特化する会社として立ち上げられた。同社の本社は、当初カナダのバンクーバーに置かれていたが、後に米国アリゾナ州テンピに移されている。
アイバンホー・エレクトリックの成立過程で中心的な役割を果たしたのが、フランスに拠点を持つ技術会社アイ・パルス(I-Pulse Inc.)である。I-Pulseは、電気パルスを用いた高出力の地下探査技術「タイフーン(Typhoon)」を開発しており、アイバンホー・エレクトリックはこの技術を継承する形でI-Pulseからスピンアウトして誕生した。2020年から2021年にかけて行われたスピンアウト配当(スピンアウト・ディビデンド)により、I-Pulseはアイバンホー・エレクトリックの普通株式8100万500株を取得し、フリードランドの資産管理会社であったアイバンホー・インダストリーズ・エルエルシー(Ivanhoe Industries, LLC、後のカステルノー・エルエルシー)とポイント・パイパー・エルエルシー(Point Piper, LLC)も合わせて1121万4831株を取得した。タイフーンは、従来の探査技術では検知が困難であった地下深部の鉱化帯を可視化できる誘導分極(IP)探査システムであり、この技術こそがアイバンホー・エレクトリックの事業の根幹をなす競争優位性となった。
アイバンホー・エレクトリックは、2022年6月月30日に新規株式公開(IPO)。公募価格は1株11.75ドルで、1,438万8,000株が売り出され、総額約1億6,910万ドルの資金を調達。株式は同年6月28日よりニューヨーク証券取引所アメリカン市場(NYSE American)およびトロント証券取引所(TSX)に「IE」のティッカーで同時上場された。IPO時点における完全希薄化後の企業価値はおよそ12億ドルとされ、以後、同社の時価総額は銅価格や探査進捗、資金調達の動向に応じて数十億ドル規模で変動しながら推移していくことになる。
上場当初、フリードランドは会長兼最高経営責任者を、エリック・フィンレイソン(Eric Finlayson)が社長を務めていた。フィンレイソンはリオ・ティントで24年にわたりグローバル探査責任者を務めた経験を持つ人物である。2022年10月、フリードランドとフィンレイソンは、フリーポート・マクモランで事業開発担当副社長を務めていたテイラー・メルビン(Taylor Melvin)を新たな社長兼最高経営責任者として招聘すると発表した。同年11月21日付でメルビンが社長兼最高経営責任者に就任し、フリードランドは執行会長に、フィンレイソンはグローバル探査責任者にそれぞれ退いた。この経営体制の刷新に合わせて、複数の幹部人事も同時に発表され、同社は上場企業としての経営基盤を固めていった。
アイバンホー・エレクトリックの中核資産となったのが、アリゾナ州に位置するサンタクルス銅プロジェクト(Santa Cruz Copper Project)と、ユタ州に位置するティンティック銅金プロジェクト(Tintic Project)である。サンタクルスは私有地上にある高品位の銅酸化鉱・硫化鉱プロジェクトであり、同社はここでタイフーン探査を実施し、テキサコ鉱床やイーストリッジ地区などで新たな鉱化帯を確認してきた。ティンティックは、リオ・ティントが操業する世界有数の銅金鉱山ビンガムキャニオンの南方に位置する歴史的な鉱山地区であり、19世紀後半から20世紀初頭にかけて金2.18百万オンス、銀209百万オンス、銅11万6,000トンなどが産出された実績を持つ。2022年、同社はティンティックにおいて72平方キロメートルに及ぶ史上最大級とされる3次元誘導分極探査を実施し、ビンガムキャニオンに匹敵する規模を持つとされる複数の斑岩銅ターゲットを特定した。これらの探査は、同社が94%を保有する子会社コンピュテーショナル・ジオサイエンシズ(Computational Geosciences Inc.)によるデータ解析に支えられている。
アイバンホー・エレクトリックは、米国内の探査事業と並行して、南米コロンビアにおいても資産を保有していた。同社は子会社コルドバ・ミネラルズ(Cordoba Minerals Corp.)の株式の過半数を保有し、コルドバが100%保有するサンマティアス銅金銀プロジェクト(San Matias Project)、とりわけその中核をなすアラクラン鉱床(Alacran Project)の開発に関与していた。2022年12月、コルドバは中国の鉱山開発・請負会社JCHXマイニング・マネジメント(JCHX Mining Management Co., Ltd.)との間で、アラクラン・プロジェクトの合弁開発に関する契約を締結し、JCHXが総額1億ドルでアラクランの50%権益を取得した。その後2025年5月、コルドバは残る50%の権益についてもJCHXを含む投資家連合への売却で合意し、2026年3月6日、この取引が総額1億2,800万ドルで完了した。アイバンホー・エレクトリックはコルドバの株主として、この売却による分配金としておよそ5,840万ドルの現金を受け取ることとなり、コロンビア事業からは実質的に撤退する形となった。
2023年7月、アイバンホー・エレクトリックはサウジアラビアの国営鉱業会社マアーデン(Saudi Arabian Mining Company、通称Ma'aden)との間で、50対50の探査合弁事業を正式に設立した。この合弁会社はサウジアラビア法に基づき設立され、アラビアン楯状地の約4万8500平方キロメートルに及ぶ広大な探査権益を対象とし、アイバンホー・エレクトリックが探査段階の操業者となった。マアーデンはアイバンホー・エレクトリックの普通株式に対して1億2710万ドルを投資し、この資金の一部である6640万ドルが合弁会社の当初運転資金に充当された。合弁会社は2023年11月に探査活動を開始し、2025年1月には最初の鉱物発見を発表している。さらに2024年には、資源メジャーであるBHPの子会社との間で、米国内における重要鉱物探査を対象とした探査アライアンスを締結し、同社の探査資産のパイプラインは一段と国際的な広がりを持つこととなった。
アイバンホー・エレクトリックは、鉱物探査にとどまらず、蓄電池分野にも事業を広げてきた。同社は、系統用蓄電に用いられるバナジウムレドックスフロー電池を開発・製造するVRBエナジー(VRB Energy, Inc.)に対して支配的な持分を有しており、これを通じて電力貯蔵技術の商業化を進めてきた。2024年9月には、VRBエナジーが中国の山西紅日(Shanxi Red Sun Co., Ltd.)の子会社との間で合弁契約を締結し、紅日が51%、VRBエナジーが49%を保有する合弁会社をアジア・中東・アフリカ市場向けのバナジウムレドックスフロー電池システムの製造・販売拠点として設立することが決まった。この取引に伴い紅日から拠出された資金の一部は、アリゾナ州における米国拠点のバナジウムレドックスフロー電池事業の立ち上げにも充てられている。
第1版:2026-09-09.
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