ブラジルを統治した右派・保守派を基盤とする政権。元陸軍大尉で、長年にわたり下院議員を務めたボルソナロ氏は、2014年以降に深刻化した汚職問題や治安への不安、既成政治への不満を背景に、2018年の大統領選挙で勝利。特に、労働者党政権に対する反発と、汚職捜査「ラバ・ジャット作戦」をめぐる政治不信が、既存政治とは異なる候補を求める世論を形成する重要な要因となった。ボルソナロ氏は、治安強化、汚職撲滅、伝統的な家族観、経済自由化などを訴え、米国のドナルド・トランプ大統領になぞらえて「ブラジルのトランプ」と呼ばれることもあった。2003年に就任したルラ大統領(Luiz Inácio Lula da Silva)は、社会保障や所得移転政策を拡充するとともに、中国など新興国への資源輸出の拡大にも支えられ、比較的高い経済成長を実現した。ルラ大統領は2007年に再選され、2010年まで政権を維持した。その後継者として2011年に就任したのが、同じ労働者党(PT)に所属し、ルラ大統領の官房長官(Ministra-Chefe da Casa Civil)を務めたジルマ・ルセフ大統領(Dilma Vana Roussef)である。ルセフ大統領は2014年の大統領選挙でも再選され、労働者党政権は2003年から2016年まで約13年間続いた。
しかし、ルセフ第2期政権の時期には、ブラジル経済が深刻な景気後退に陥った。資源価格の下落、投資の低迷、財政問題などが重なり、2015年と2016年には実質GDPが2年連続で大幅に縮小。これに加えて、国営石油会社ペトロブラスをめぐる巨額の汚職事件「ラバ・ジャット作戦」が進展し、政界と大企業との癒着に対する国民の不満が急速に高まった。ルラ氏や労働者党もこの捜査の影響を強く受け、既成政治そのものへの不信が拡大。
2016年にはルセフ大統領に対する弾劾手続きが進み、上院は財政上の規則に違反したとしてルセフ大統領を罷免した。ルセフは汚職そのものについて有罪とされたわけではなく、弾劾の直接的な理由は、政府予算をめぐる財政責任法違反とされた財政ペダリングであった。連立政権を構成していたブラジル民主運動党(PMDB、後のMDB)所属のミシェル・テメル副大統領(Michel Miguel Elias Temer Lulia)が大統領に就任。約13年間続いた労働者党政権はここで終わった。
テメル政権は、ルセフ政権までの左派的な政策から一定の転換を図り、財政規律、歳出抑制、労働市場改革、民営化・民間投資の促進など、市場重視の経済政策を推進した。しかし、テメル氏自身も汚職疑惑に巻き込まれ、政権への信頼を十分に回復することはできなかった。こうして、左派政権への不満だけでなく、既存の中道・保守政治勢力に対する不信も強まっていった。
2018年の大統領選挙では、こうした政治不信を背景に、元陸軍大尉で長年下院議員を務めていたジャイル・ボルソナロ下院議員が急速に支持を拡大。当初、最大の対抗馬とみられていたのはルラ元大統領であったが、ルラ元大統領はラバ・ジャット作戦に関連する汚職・マネーロンダリング事件で有罪判決を受け、収監されていたため立候補資格を失った。2018年には選挙から排除され、労働者党はフェルナンド・アダジ元サンパウロ市長(Fernando Haddad)を代替候補として擁立した。その後、ルラ元大統領の有罪判決は2021年に最高裁によって無効とされ、担当裁判官の管轄権などに問題があったと判断されたため、ルラ氏は政治的権利を回復することになった。
2018年10月の大統領選挙では、ボルソナロ氏が決選投票でアダジ氏を破って勝利した。ボルソナロ氏は、汚職撲滅、治安強化、伝統的な家族観、銃規制の緩和、経済自由化などを掲げ、既成政治に対する有権者の不満を取り込んだ。特に、労働者党政権下での汚職事件や景気後退、犯罪への不安に対する反発が、右派・保守派への支持拡大につながった。こうして2019年1月、ブラジルでは左派の労働者党を中心とする長期政権から、右派・保守派を基盤とするボルソナロ政権への政権交代が実現した。
ボルソナロ大統領は元陸軍大尉で、2019年以降の政権では軍出身者を多数登用した。ただし、政権そのものは軍政ではなく、民主的な選挙によって成立した文民政権である。支持基盤には保守派、キリスト教福音派、治安強化を求める層、農業・鉱業などの産業界の一部が含まれていた。米国のドナルド・トランプ大統領になぞらえて「ブラジルのトランプ」と呼ばれることもあり、既成政治への反発を背景とするポピュリズム的な政治手法も特徴であった。
内政では、伝統的な家族観を重視し、人工妊娠中絶やジェンダーをめぐる問題などで保守的な立場を示した。一方、低所得層への支援を否定したわけではなく、既存の社会扶助制度を再編し、2021年にはボルサ・ファミリアに代わる「アウシリオ・ブラジル」を導入した。したがって、社会福祉を単純に「家族主義へ転換した」とするより、保守的な社会政策と所得移転政策を併存させたと捉える方が正確である。
治安政策では、犯罪に対する強硬姿勢を掲げ、市民による銃器へのアクセスを拡大する措置を講じた。また、犯罪者への厳罰化や警察の権限強化を支持し、治安を重視する保守層から強い支持を得た。一方、銃器の拡散や警察活動をめぐっては、人権上の懸念も提起された。
経済政策では、パウロ・ゲデス経済相を中心に、財政規律、民営化、規制緩和、貿易自由化など市場重視の改革を推進した。特に2019年の年金改革は重要な成果であり、財政負担の抑制を目的として受給開始年齢や拠出期間などを変更した。また、国営企業の民営化やコンセッション、インフラへの民間投資を促進した。ただし、議会との交渉や政治的制約も大きく、当初掲げた改革がすべて実現したわけではない。
環境政策では、アマゾン地域における農業、鉱業、インフラ開発などの経済活動を重視し、環境規制が開発を妨げているとの立場を示した。政権下では環境規制の執行が弱まったとの批判が強まり、アマゾンの森林破壊も増加した。違法な森林伐採や鉱業、先住民族の土地への侵入なども問題となり、環境政策はブラジル国内だけでなく欧州諸国などとの外交問題にも発展した。
外交面では、米国のトランプ政権との関係強化を重視した。一方、中国はブラジルにとって主要な貿易相手国であり、大豆、鉄鉱石、石油などの輸出市場として極めて重要であったため、対中関係を大幅に悪化させることはできなかった。このため、理念上は米国との関係を重視しながら、経済面では中国との関係を維持するという現実的な側面も存在した。
2020年に新型コロナウイルス感染症が拡大すると、ボルソナロ氏は感染症の危険性を繰り返し軽視し、経済活動の維持を重視する立場を取った。州政府や市政府が実施した行動制限にも批判的で、ワクチンについても懐疑的な発言を続けた。保健相が相次いで交代するなど政権内部にも混乱が生じ、ブラジルでは多数の死者が発生した。この対応は政権への批判を強める主要な要因となった。
2022年の大統領選挙では、2018年には立候補できなかったルラ氏が政治的権利を回復して出馬し、ボルソナロ氏との決選投票に進んだ。決選投票ではルラ氏がボルソナロ氏を僅差で破り、2003~2010年以来となる3期目の大統領就任を決めた。これにより、ブラジルでは2019年に成立した右派政権から、再び左派の労働者党を中心とする政権への政権交代が実現。
ボルソナロ大統領は選挙結果を直ちに明確に認める声明を出さず、それ以前から電子投票システムへの不信を繰り返し訴えていたこともあり、支持者の一部では選挙結果への反発が広がった。2023年1月8日には、ボルソナロ大統領の支持者らがブラジリアの連邦議会、最高裁判所、大統領府などを襲撃する事件を起こした。ブラジル民主政治における重大な事件となった。
退任後のボルソナロ前大統領は、2023年に高等選挙裁判所から選挙制度への根拠のない攻撃などを理由として2030年まで公職選挙への立候補資格を停止された。さらに、2022年の選挙敗北後に政権を維持するためクーデターを企てた事件をめぐって刑事裁判が行われ、2025年9月、ブラジル最高裁判所はボルソナロ前大統領についてクーデター計画への関与など五つの犯罪で有罪判決を下し、27年3か月の禁錮刑を言い渡した。
第1版:2026-10-06.
| ( ! ) Warning: Undefined variable $link_abc in /var/www/html/dic/terms.php on line 152 | ||||
|---|---|---|---|---|
| Call Stack | ||||
| # | Time | Memory | Function | Location |
| 1 | 0.0000 | 359480 | {main}( ) | .../terms.php:0 |