イエメン大統領指導評議会とは、2022年4月7日、アブド・ラッボ・マンスール・ハーディー大統領から大統領および副大統領の権限を移管されて発足した、イエメンの国際的に承認された政府を代表する集団指導機関である。大統領指導評議会(PLC)が設置された背景には、2014年以降のイエメン内戦と、それに伴うハーディー政権の統治能力の低下がある。ハーディーは、「アラブの春」を受けたサーレハ前大統領の退陣を経て2012年に大統領となったが、2014年にフーシ派が首都サヌアを掌握すると、政権は国内で十分な統治能力を維持できなくなった。ハーディーは2015年以降、サウジアラビアを拠点として国際的に承認された政府を率いる立場となった。
こうした状況のなか、2022年4月7日、ハーディーは副大統領アリー・ムフシン・アル=アフマルを解任するとともに、自身が有していた大統領権限を8人からなるPLCに移管した。つまり、従来の「一人の大統領」に権力を集中させる方式から、反フーシ派勢力の複数の政治・軍事指導者を一つの意思決定機関に組み込む方式へ転換したのである。この移管は、7年に及ぶ内戦の終結を目指す国連の仲介による停戦発効と時期を同じくしており、国際社会からは紛争解決に向けた大きな出来事として受け止められた。もっとも、この権限移管は必ずしもハーディー自身の自発的な決断ではなく、サウジアラビア当局が汚職疑惑の暴露などを示唆して圧力をかけた結果であったとも報じられている(サウジ当局は否定)。以後ハーディーは政治の表舞台から退き、リヤドで軟禁状態に置かれ、電話も通じない状況にあると伝えられるなど、事実上完全に実権を失った状態が続いた。
ハーディーは2026年5月28日、滞在先のリヤドの自宅で死去した。享年80。イエメン国営テレビが伝えたところによれば、死因の詳細は明らかにされていないものの、かねて心臓疾患を抱え、たびたび渡米して治療を受けていたとされる。PLC議長アリーミーはハーディーの死去にあたり、同氏が「イエメン国民の公正な国家、自由、人間の尊厳への権利」を信条としていたと哀悼の意を表し、PLCは服喪期間を設けて弔意を示した。ハーディーの死去は、2022年の権限移譲によって既に形式的にも実質的にも終わっていたハーディー時代の完全な終焉を象徴する出来事となった。
PLCの特徴は、単なる大統領の諮問機関ではない点にある。設置時の大統領布告では、大統領の権限だけでなく副大統領の権限もPLCに移管するとされた。したがって、PLCは国際的に承認されたイエメン政府における最高位の執行権力を担う機関として位置づけられている。
発足時のPLCは、議長ラッシャード・アリーミーのほか、スルタン・アル=アラダ、タリク・サーレハ、アブドゥルラフマン・アブ・ザラア、アブドラ・アル=アリーミー、オスマン・ムジャッリ、アイダルース・アル=ズバイディ、ファラジ・アル=バフサニの計8人で構成された。これは、イエメン国内の反フーシ派勢力を一つの政治的枠組みにまとめることを狙ったものである。
PLCの8人は一枚岩の政治勢力ではなかった。彼らの背後には、政府軍、南部勢力、部族勢力、地域軍事勢力など、それぞれ異なる政治的・軍事的基盤が存在する。特にアイダルース・アル=ズバイディは、南イエメンの分離独立を志向する南部暫定評議会(STC)の指導者であった。このためPLCは、単純な連立政権というよりも、フーシ派に対抗する複数の勢力を一つの国家指導機構に束ねる権力共有の仕組みと理解する方が実態に近い。
PLCの成立には、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)の存在も大きく関係している。サウジアラビアはハーディー政権を支援し、UAEは南部暫定評議会など独自の勢力を支援してきたため、反フーシ派陣営そのものが複数の勢力に分裂していた。PLCは、この分裂した反フーシ派陣営を政治的に統合する試みでもあったのである。
PLCを理解する際には、イエメン政府=PLCであるが、PLC=イエメン全土を実効支配する政府ではないという区別が極めて重要である。イエメンではフーシ派が首都サヌアを含む北部の大部分を実効支配しており、人口の約7割がその支配下にあるとされる。PLC側の政府とフーシ派が並存する状態が続いている。
PLCは発足以来、内部の勢力関係が絶えず変化してきた。とりわけ南部暫定評議会(STC)とアリーミー派との対立は、PLCの実態を理解するうえで欠かせない要素である。STCはUAEの支援を受けつつ独自の南部軍や治安部隊を保持し、PLCという枠組みの内部にありながら事実上の自立性を強めていった。
この対立は2025年末に決定的な局面を迎えた。同年12月、STCはイエメン南東部の主要都市を掌握し、南部全域への支配を拡大する動きを見せた。PLC側はこれを反逆的行為とみなし、サウジアラビア主導の連合軍は同年12月30日、ハドラマウト州の港でUAEから陸揚げされた兵器・軍用車両に対する空爆を実施した。同日、議長アリーミーは90日間の非常事態を宣言するとともに、UAEとの防衛協定破棄とUAE軍のイエメン領内からの24時間以内の撤退を要求し、これを受けてUAE軍は実際に部隊を撤収した。連合軍はその後、南部主要都市を奪還している。
こうした緊張を受け、2026年1月9日、STCの一部メンバーはサウジアラビアでの協議を経て組織の解散を発表した。もっとも、元STC指導者であり発足時からのPLCメンバーであったアイダルース・アル=ズバイディ自身はこの協議に参加せず、現在は大統領指導評議会から大逆罪で指名手配された状態でイエメンから逃亡している。この経緯は、PLCが8人の政治家による固定的な集団指導体制ではなく、内戦下の力学によってメンバー間の力関係や構成そのものが流動的に変化しうる機関であることを端的に示している。実際、ズバイディやバフサニーの後任として、それぞれ別の人物が南部の軍事・治安部門で影響力を強めているとの分析もある。
この危機を経て、アリーミー議長は2026年に入り、従来分裂状態にあった政府軍・治安部隊を単一の指揮系統下に統合したと表明しており、PLCとしての統治能力・軍事的一体性を強化する方向での再編が進められている。
PLCとフーシ派の関係は、2022年4月の停戦以降、戦争でも平和でもない状態と呼ばれる低烈度の膠着状態が続いてきたが、完全な和平合意には至っていない。2023年12月には国連主導の停戦ロードマップの大枠合意が伝えられたものの、フーシ派による紅海での軍事活動などにより具体的進展は見られていない。2026年8月にはフーシ派によるモカ港への攻撃で民間人を含む死傷者が出るなど軍事的緊張が再燃しており、アリーミー議長はフーシ派に対し武装解除と政党化を求める一方、湾岸協力会議(GCC)諸国とも連携して国際社会に対フーシ圧力の強化を呼びかけている。
大統領指導評議会の本質は、大統領に代わる単なる新しい国家元首ではなく、分裂した反フーシ派勢力を一つの国家指導機構に組み込むために創設された集団的な大統領権力の受け皿にある。ただし、その内実は決して安定したものではなく、STCとの武力衝突や離脱・粛清に象徴されるように、内部の勢力均衡は常に再編され続けている。
現在、PLCの議長を務めるのはラッシャード・ムハンマド・アリーミーである。したがって、アリーミーを単純にイエメン大統領と呼ぶことも完全に誤りとはいえないが、制度上の地位を正確に表現するなら、イエメン大統領指導評議会議長とするのが適切である。なお、内閣を率いる首相職は近年も交代しており、2024年2月にはビン・ムバーラク内閣が発足、その後サーレム・サーレハ・ビン・ブライク、2026年1月15日以降はシャーエア・ムフシン・アル=ジンダーニーが首相兼外相を務めている。
イエメンの権力構造を大きく整理すると、アリー・アブドッラー・サーレハ大統領からアブド・ラッボ・マンスール・ハーディー大統領を経て、大統領指導評議会(議長ラッシャード・アリーミー)へという変化があったと理解できる。但し、これは通常の意味での政権交代ではない。内戦によって一人の大統領を中心とする統治構造が機能しなくなり、国際的に承認された政府側が、複数の反フーシ派勢力による集団指導体制へ移行したのである。2022年の権限移譲以降、ハーディーは政治的実権を完全に失って表舞台から姿を消し、2026年5月にリヤドで死去したことで、その移行は名実ともに完結した。そしてその集団指導体制自体も、2025年末から2026年にかけてのSTCをめぐる危機が示すように、なお内部再編の途上にある。
第1版:2026-08-19.
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