[[日本造形史>建築史1]]/[[西洋造形史>西洋建築史]]
**ギリシア建築
-石造による柱・梁構造に、基壇から上部の軒に至るまでの意匠的・比例的な構成を決定する法則であるオーダー(order)という美的概念を導入。
--ドリス式 Doric order
--イオニア式 Ionic order
--コリント式 Corinthian order
-列柱廊によって囲まれた中庭であるペリステュリウム(peristylium)。
-行政、商業、宗教、社会的活動のための建築が広場の周囲に集積したアゴラ(agora)。
-都市計画家ヒッポダモスHippodamos(B.C.5世紀前期)による格子状街路とゾーニング。
--B.C.494にペルシア軍によって破壊されたミレトス(Miletus)の再建。
--ギリシャ南東部の港町にしてアテネの外港・ピレウス(Piraeus)の都市計画(B.C.476)。
--ロドス(Rodhos)の都市計画(B.C.407)。

***ギリシア文明興亡史
|100|100||c
|クレタ文明|B.C.2000~1400|クレタ島を中心に栄えた。|
|ミケーネ文明|B.C.1400~1200|ギリシア本土ではミケーネ、小アジアではトロヤを中心に栄えた。|
|>|>|ポリス国家|
|王政期|||
|貴族政治期|~B.C.621|アルコン(執政官)による統治。B.C.621にドラコンの立法が行われ慣習法が成文化される。|
|財産政治期|B.C.594~|ソロンによって財産の多寡による市民の権利・義務規定が行われる。|
|僭主政治期||ペイシストラトスによる支配。|
|民主政治期|B.C.508|クレイステネスによって陶片追放が行われる。|
|~|B.C.492~479|ペルシア戦争|
|~||ペリクレスによって民主政治が完成しアテネがデロス同盟の盟主となる。|
|衆愚政治期|B.C.431~404|ペロポネソス戦争|
|~||アテネ⇒スパルタ⇒テーベと覇権が推移する。|
|~|B.C.338|ケーロネア戦争|
|ヘレニズム時代|B.C.334|アレクサンドロスによる東征が行われる。|

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