信濃国

伊那

上伊那郡

下伊那郡

諏訪郡

諏訪家の地。高島藩は諏訪藩とも呼ばれたが慶長6年に下野壬生に移るまで日根野吉明が治めた。それ以降は上野総社にいた諏訪家が故郷に戻る形となった。

筑摩

筑摩藩は石川頼明一代で廃藩。松本藩は石川康長が除封の後、飯田から小笠原秀政が入り忠真の代に明石に移封、代わって戸田松平康長が高崎から入り康直の代に明石に移封、越前大野から松平直政が入り出雲松江に移るまで統治。その後も川越から堀田正盛、三河吉田から水野忠清が入った。水野家は享保10年に忠増が除封され、それ以降は志摩鳥羽から入った戸田松平家が治めた。

東筑摩郡

西筑摩郡

南安曇郡

北安曇郡

更級郡

水内

飯山藩、長沼藩

上水内郡

下水内郡

高井

岩城貞隆領、近藤政成領、須坂藩、高井野藩

上高井郡

下高井郡

佐久

内藤正友に始まる岩村田藩は紆余曲折があったものの明治維新まで存続。小諸藩は千石秀久、忠政と続き、忠政が上田に移って、久松松平忠憲が美濃大垣から入るも忠憲は正保4年に除封。青山宗俊、酒井忠能、西尾忠成、石川松平乗政と続き、石川松平家が美濃岩村に転封となると牧野康重が越後与板藩から入った。明治元年に竜岡藩と改称した田野口藩は三河奥殿から入った大給松平家が一貫して統治した。

南佐久郡

北佐久郡

埴科郡

天和2年に板倉重種が岩槻から入った坂木藩は元禄15年に板倉重寛が陸奥福島藩に移封となって廃藩。松代藩は美濃金山から森忠政が入り、松平忠輝、松平忠昌、酒井忠勝と続き、元和5年に真田信之が上田から移って幕末を迎えた。この真田信之が松代藩に入る際に信政に埴科藩1万7000石を分与している。しかし、この埴科藩は慶安元年に信重が亡くなると信之に返還し廃藩となった。

小県郡

上田藩は真田家の地。真田昌幸が除封された後も沼田から真田信之が入ったが松代に移って、上田は真田家を離れ宝永3年まで小諸から入った千石忠政家が統治。宝永3年に千石政明が但馬の出石藩に移ると、出石から藤井松平忠周が入った。

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