姫路城主榊原家墓所

榊原家は1649(慶安2)年から1667(寛文7)年に忠次と政房が、1704(宝永元)年から1741(寛保元)年にかけて政邦と政祐、政岑、政永が姫路城主になっている。そのうちの政房と政祐の2人の墓碑を政岑が円教寺に建立した。

政房は家督を継いだ2年後に27歳で亡くなり、政祐も家督を継いだ5年後の28歳で亡くなっている。なお、政房の墓碑には故刑部大輔従四位下源朝臣、政祐の墓碑には故式部大輔従四位下源朝臣とあるという。墓所の前の紅葉は見事。


This page is powered by Blogger. Isn't yours?