瑶光山最明寺

ここは美と歴史の旅の予定外。自動車ではなく徒歩での探索だとこういう発見があることが嬉しい。最明寺というと北条時頼の建てた寺で現在は塔頭の明月院だけ残っていることで知られる。
それが川越にもある。今日はJR川越線で川越駅の次の西川越駅で降りて、入間川の方向へ歩いていくと川越の最明寺はある。こちらの最明寺も第5代執権北条時頼ゆかりの寺院。もともとは鎌倉幕府第2代将軍源頼家(1182-1204)が暗殺された後、二男の千寿丸を和田党に与していた信濃国の泉小次郎親平が保護して落ち延びたことに始まる。泉親平は千寿丸を武蔵国三芳野の豊田源兵衛景快というもののつてを頼って現在の地にて出家させたとされる。千寿丸は瑶光房道円と名前を変え、粗末な草庵で暮らしを始めたという。

時は過ぎ、第5代執権北条時頼(最明寺入道学了道崇)は、源頼家の子の瑶光房道円が草庵を結んでいることを知り、金壱百五拾貫を寄付して源家供養の寺を建立し瑶光房道円を別当とし700石を与えたという。1262(弘長2)年のこと。瑶光房道円もかなりの高齢だったことになるが最後の最後に漸く報われたということだろう。

鎌倉時代の伽藍は残念ながら後の戦乱で焼失。江戸時代の1787(天明7)年に川越喜多院に入った天海僧正が末寺として復興し現在に至っている。すぐ隣には川越水上公園がある。


2006.10.08 風の強い日に訪問


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