アレッチオのサン・ドメニコ聖堂『聖ヨハネ』

チマブーエ(Giovanni Cimabue[1240-1302])の数少ない作品の一つ、アレッツォのサン・ドメニコ聖堂の『十字架上のキリスト』(1268-1271)の一部。洗礼者聖ヨハネはエイン・ケレムで生まれ、近くのキブツ・ツバ付近の洞窟で長い間修行を積んだとされている。この洞窟と思われる場所は英国の考古学者シモン・ギブソン博士が発見したと発表している。彼はバプテスマのヨハネとも呼ばれヨルダン川でキリストの洗礼を施している。キリストの出現を予言した人物でもあるが、最期はローマ帝国と友好関係にあったパレスティナのヘロデ王の娘サロメの命によって斬首されている。ルカ福音書によるとヨハネの母エリザベトとイエスの母マリアは親戚とされる。
さて、この洗礼者聖ヨハネの表情を憂いの表情と見るのか、それとも悲しみの表情と見るのか、それとも別の表情を読み取るだろうか。記憶には脳の側頭葉と海馬が大きく関与している。しかも、様々な部位に分散する形で記憶は蓄積されている。人がものを見る時は、脳の中に既に蓄積されている様々な記憶を再構成している。つまり、画家は自分の脳の中に蓄積されている記憶を絵に刻んでいることになる。そして、絵を見る側も自分の脳の中で蓄積されている記憶と見ている絵とを照合して絵を感じている。という訳で、絵を描く側と絵を見る側とで受け取り方が異なるということも出てくる。

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