ぶらぶら絵葉書

富賀岡八幡宮

富賀岡八幡宮は深川の富岡八幡宮*の元宮として知られる.

伝承では,藤原豊成[大宝4〔704〕/天平神護元-11-27〔766-01-12〕]が下総守として下向した時,749[天平勝宝元]年に創建したものという.その当時は神社の前に海が広がり,境内を含む一帯も小高い浮島で宝六島と呼ばれていたという.と言っても,続日本紀によると,746[天平18]年の下総守は多治比真人木人,752[天平勝宝4]年の下総守は巨勢朝臣浄成.749[天平勝宝元]年には藤原豊成は右大臣に任ぜられている.多治比真人木人巨勢朝臣浄成との間の時期ということになる.

由緒正しきはそれだけではなく,かつてあった八幡像は源三位頼政から千葉氏,足利尊氏,鎌倉公方足利基氏,そして,関東管領上杉氏を経て太田道灌へと伝えられたものとされる.この像は寛永初期に富岡八幡宮へと遷されている.

境内にある富士塚は1833[天保4]年に山吉講によって築かれたもの.築かれた当初は今より少し北にあり土山だったという.それが1933[昭和8]年水害で崩れたために表面を溶岩で固めた上で,1962[昭和37]年に今ある場所に移転.

東京都江東区南砂7丁目@2013-01


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