ぶらぶら絵葉書

仙気稲荷

神職の荒井家の伝えによると,1659[万治2]年に開墾に際して海岸堤に江ノ島明神奥の院を勧請したものという.

倉稲魂命,須佐之男命,大市比売命を祀る.当時は大市比売稲荷とも大智稲荷,砂村稲荷と言われた.疝気に霊験あったため仙気稲荷と言われるように.

境内は,1825[文政8]年,長州藩主毛利家抱屋敷の敷地となり,次いで川越藩主松平大和守,次いで松江藩主松平家の抱屋敷となる.

第2次世界大戦中に空襲にて社殿を焼失.復興するも,1967[昭和42]年に都営団地建設に伴い神職と共に千葉県習志野市へと遷座.しかし,地元住民によって現在の地に再建.

東京都江東区南砂@2008-11.


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