

盛期ルネサンス期[High Renaissance]のフィレンツェ派の代表的画家であるボッティチェリ[Sandro Botticelli,Alessandro di Mariano Filipepi:1445-03-01/1510-05-17]による1500年から1501年頃の作品。ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵。
神秘の降誕は、ボッティチェリ晩年の代表作として知られ、その幻想的で象徴性に満ちた画面構成は、初期ルネサンス期の均整と優美を特徴とする彼の作風とは異なる、きわめて精神的・終末論的な性格を帯びている。
作品はキリスト降誕の場面を描いているが、一般的な降誕図とは大きく異なる特徴を備えている。中央には幼子イエスの前にひざまずく聖母マリアが描かれ、その周囲にヨセフ、羊飼い、東方の博士たちが集っている。画面上空では天の黄金のドームのもとに十二人の天使がオリーブの枝と巻物を手にして輪舞し、前景では三組の天使と人間が抱擁を交わす。その足元では、角を持つ小さな悪魔たちが岩の割れ目から地下世界へ逃げ込む姿が描かれている。この構成は単なる降誕場面ではなく、「キリストの誕生による世界の救済」と「悪の終焉」を象徴的に表現したものである。
特に注目されるのは、作品上部にギリシア語で書かれた長文の銘文である。その内容は「この絵を、1500年末、イタリアの混乱のさなか、私アレッサンドロは、黙示録の第十一章にしたがい、第二の禍のあいだ、悪魔が三年半のあいだ解き放たれた時に描いた。その後、第十二章において悪魔は縛られ、この絵のように埋葬されるのを我々は見るだろう」という趣旨のものである。ここで言う「イタリアの混乱」とは、1494年のフランス軍によるナポリ占領、1499年のミラノ占領、そしてフィレンツェ自体の内乱を指す。ボッティチェリはこれらの出来事を『ヨハネの黙示録』に示された終末の苦難と結びつけ、キリストの再臨が間近であると確信していたとされる。
15世紀末のフィレンツェでは、修道士ジローラモ・サヴォナローラが終末論的説教を行い、都市社会に強い影響を与えていた。彼は贅沢や世俗文化を激しく批判し、人々に悔悛を求めた人物である。サヴォナローラは1498年5月23日に処刑されたが、ボッティチェリはその死後もなお彼の思想に深く傾倒していたと考えられており、本作品にはその精神的影響が色濃く反映されている。なお、前景に描かれた三組の抱擁の人物群は、処刑されたサヴォナローラとその側近二人が赦されて天使に迎えられる姿とする解釈もある。
若き日のボッティチェリは、『ヴィーナスの誕生』や『プリマヴェーラ』に代表されるような、古代神話を優雅に描く画家として名声を得ていた。そこでは流麗な線描、繊細な装飾性、理想化された人体表現が際立っていた。しかし『神秘の降誕』では、そうした古典的均衡よりも宗教的情熱と霊的象徴が前面に押し出されている。人物たちは現実的遠近法に厳密には従わず、聖母と幼子は他の人物や周囲の建物・空間に対して意図的に大きく描かれている。空間は圧縮され、身体比率にも誇張が見られる。これは中世の図像的慣例への意識的な回帰であり、技術的未熟ではなく神秘的幻視を表現するための意図的な変形と考えられている。
また、画面に満ちる金色・白色・緑色・赤色にはそれぞれ象徴的意味が込められている。金は神の栄光と天上界の不変性を、白・緑・赤は信仰・希望・愛という神学的三徳を表している。ただし、緑の顔料は銅系であったため経年変化により現在は褐色に変色しており、制作当時の鮮やかな発色は失われている。天使たちの持つオリーブの枝は平和と和解の象徴であり、前景の人間と天使の抱擁は天上界と地上界の和解を示唆している。逃げ惑う悪魔たちは罪や混乱の敗北を意味し、終末後に訪れる神の秩序回復を象徴している。
この作品は、ルネサンス芸術の中でも特異な位置を占めている。一般にルネサンスは人間理性や古典文化の復興を特徴とする時代とみなされるが、『神秘の降誕』はむしろ中世的な宗教的情熱と終末思想への回帰を示している。そのため本作は、盛期ルネサンスへ向かう合理的・古典的芸術潮流とは別の方向性を示す作品として、美術史上きわめて重要視されている。
さらに、本作はボッティチェリの現存作品の中で、彼自身が署名と年代を明記した唯一の作品として知られている。そのことからも、画家自身がこの作品を特別な宗教的使命感のもとに制作していたことがうかがえる。
参照:西洋美術史
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
