経営史
デンソー
- 1949年:トヨタ自動車の開発部門の一つの「電装部」が累積赤字1億4千万円で分離独立。
「日本電装株式会社」として創業。資本金1,500万円。本社は愛知県刈谷市。初代社長は電装工場担当取締役の林虎雄。トヨタの名を冠さなかったのは豊田喜一郎の「日本の全自動車メーカーをお得意様にせよ」という言葉に起因する。但し、社名選定の過程では「刈谷電装」「愛知電装」などの候補もあった。創業当時、極度の業績悪化によって約3割の人員整理を行った。
- 1953年:ドイツ・ボッシュと電装品に関する技術提携。
- 1954年:ボッシュのマイスター制度を範として「技能者養成所」を設立。73年には日本電装学園に発展。87年には日本電装工業技術短期大学校を設置。
- 1956年:社是を制定。
- 1959年:林虎雄社長が2年後のデミニング賞への挑戦を宣言。社内でQC運動に熱気。独自の初期流動管理方式、工程能力調査方法を編み出す。
- 1961年:デミング賞を受賞。
- 1963年:カーエレクトロニクス着手。
- 1968年:自動車への半導体技術導入に向けた研究開発に着手。IC研究室を設置。
- 1969年:9月8日、安城製作所ダイカスト工場爆発事故により従業員11名死亡。
- 1970年:ハイブリッドICの生産を開始。
- 1973年:白井武明副社長が第2代社長に就任。
- 1982年:戸田憲吾副社長が第3代社長に就任。
主力事業である冷暖房事業を育成した。
- 1984年
- 米国アレン・ブラッドリー社とFA(Factory Automation)事業に関する提携。
- 米国に生産子会社である日本電装マニュファクチャリングを設立。
- 1987年:平野史氏が第4代社長に就任。
- 1991年
- 基礎研究所を設立。
- 1991年:石丸典生副社長が第5代社長となる。
日本内燃機製造に入社するも経営不振によって東急グループに買収。本田技研を追撃する東京発動機(トーハツ)に転職するも経営不振により富士電機傘下に。そして、3度目の転職先が日本電装。研究者であり、83年から90年まで名古屋大学で「冷凍機及び空気調和」という講座を受け持った経歴を持つ。
豊田喜一郎に請われ東京大学助教授からトヨタ入りして自動車事業の礎を築いた隈部一雄元副社長の甥。
- 1996年:
- 社名を株式会社デンソーに変更。
- 岡部弘常務が第6代社長となる。
- 1998年:富士重工業の「レガシィ」にトヨタと共同開発した低燃費技術「VVT―i」が搭載される。この件に関してトヨタに激震が走る。
- 1999年:トヨタが高橋朗副社長をデンソーの副会長に派遣。
- 2002年:深谷紘一専務が第7代社長となる
- 2008年:加藤宣明専務が第8代社長となる。