関東史

房総史

939天慶2武蔵権守・興世王と武蔵介源経基が、足立郡の郡司武蔵武芝と争い平将門が仲介。後に、武蔵守百済貞連と対立した興世王、常陸介藤原維幾と対立した藤原玄明も平将門を頼る。
940天慶3参議藤原忠文が征東大将軍として関東へ軍旅を催す。
下野国押領使藤原秀郷により平将門が討ち取られる。
1028長元1平将門の叔父平良文の子孫であり、上総国、下総国、常陸国を支配下に置く平忠常が安房守平惟忠を焼殺。上総介縣犬養為政を駆逐。関白・藤原頼通の推挙により、後一条天皇が検非違使右衛門少尉・平直方(本拠地は鎌倉)と検非違使左衛門少志・中原成道を追討使として派兵。
1030長元3平忠常が安房守藤原光業を追放。
平直方に代えて前常陸介で甲斐守源頼信を追討使として派兵。
1031長元4平忠常が主君である源頼信に降伏。平忠常は京都への途上で病死。
平直方は武勇を見込んで、源頼信の長男・頼義を娘婿として迎える。
1183寿永2房総平氏惣領家である上総介広常が鎌倉幕府将軍・源頼朝の命を受けた梶原景時によって鎌倉で暗殺される。嫡男能常も自害。上総氏の所領は没収され上総千葉氏の千葉常胤が受け継ぐ。
1247宝治1宝治合戦。千葉常胤の孫・常秀の子・秀胤は三浦軍に与し敗北。本拠地の上総一宮大柳館にて自刃。
下総は執権北条氏の、上総は源氏一門の足利氏の支配下となる。

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