近江国(滋賀県)

関蝉丸神社[下社]

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百人一首で知られている蝉丸を祀る神社。

『後撰集』によると、蝉丸はこの神社のある逢坂の関近辺に住んでいた隠者だという。

一方、『今昔物語』を基本とした謡曲『蝉丸』によれば、醍醐帝(在897-930)の第四皇子であったが生まれながら盲目であったために逢坂の関に僧形で棄てたとされる。

事の真偽は定かではないが、嵯峨帝(在809-823)の代には上社に猿田彦を下社に豊玉姫を祀ったということが知られている。蝉丸神社には中社もあり合わせて3社あるが、蝉丸神社というと下社を指すことが多い。

この神社は冷泉帝(在967-969)の時代には全国の音曲諸芸道の神とされ、その道の人々は蝉丸神社の免許を受けることとされていたという。

境内には国の重要文化財の指定を受けている石燈籠(時雨燈籠)がある。

この燈籠は六角形であるが、基礎部分は単弁の蓮華座を堀っている。最上部の宝珠と請花は後の時代のものとされるも、中台に花入単弁蓮華が、そして六角形火袋の簡素さから鎌倉時代のものと考えられている。


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Last-modified: 2010-02-20 (土) 00:28:19 (4027d)