ルーツ藤原氏総括

醍醐家(清華家)

出自藤原北家一条流
関白一条昭良の次男冬基
居所烏丸通中立売下ル
石高312石
家紋薔薇藤
菩提寺大徳寺内芳春院

歴代

生年没年官位出自
醍醐冬基慶安元(1648)年6月14日元禄10(1697)年7月14日正二位 権大納言一条昭良次男。母家女房。
醍醐昭尹延宝7(1679)年5月4日宝暦6(1756)年10月9日従一位 左大臣冬基男。母家女房。
醍醐兼潔(経胤)享保2(1717)年7月15日安永10(1781)年正月21日従一位 右大臣冬熈男。母対馬侍従宗義真女。
醍醐兼純延享4(1747)年10月16日宝暦8(1758)年4月21日従二位 権中納言兼潔男(実一条兼香末子)。母家女房(実母家女房)。
醍醐冬香宝暦元(1751)年11月21日明和9(1772)年2月13日正三位 権中納言兼潔男。母家女房。
醍醐輝久宝暦10(1760)年6月13日享和元(1801)年7月5日正二位 権大納言兼潔男。母家女房。
醍醐輝弘寛政3(1791)年4月27日安政6(1859)年9月9日従一位 内大臣輝久男。一条輝良猶子。母侍従蜂須賀重喜女。
醍醐忠順文政13(1830)年3月17日明治33(1900)年7月4日正二位 権大納言輝弘男。母鷹司政熈女。一条忠良猶子。

系譜

http://www.digistats.net/image/2008/11/daigo.jpg

出典

  • 新訂増補国史大系53-57 公卿補任(吉川弘文館)
  • 新訂増補国史大系58-60下 尊卑分脈(吉川弘文館)


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Last-modified: 2010-02-20 (土) 00:28:02 (4473d)