京都府

芹沢鴨之墓

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京都市中京区壬生にある律宗大本山・壬生寺にある。芹沢鴨(1827-1863)は水戸藩浪士にして新撰組初代筆頭局長。水戸藩士時代には天狗党事件に関与し安政の大獄で投獄されている。

清河八郎が将軍警固のために浪士組を結成して上洛すると、平間重助とともに加わった。

しかし、清河八郎が尊皇攘夷のために江戸に帰ることを唱えると、近藤勇らとともに袂を分かち京都に残留した。会津藩に嘆願し預かりとして壬生浪士組を結成。近藤勇、新見錦とともに局長となり、その筆頭となる。

新見錦は長州藩や土佐藩との関係を会津藩から警戒され、日頃の乱暴狼藉を責められ祇園新地料亭・山緒にて切腹を強要された。

この点、もともと水戸藩時代に尊皇攘夷思想に染まっていた芹沢鴨も同じ。

芹沢鴨は吉田屋で芸妓小寅に袖にされたことに立腹し狼藉を働いた罪で朝廷から逮捕命令が下る。会津藩は、この処置を同じ局長の近藤に依頼。

屯所のあった八木邸において泥酔して就寝中を愛妾・梅、平山五郎とともに、土方、沖田、山南、原田によって暗殺された。八木邸に行くと、「その時」の話を聞くことが出来る。



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Last-modified: 2010-02-20 (土) 00:01:52 (3939d)