三重県

神戸城址

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三重県は鈴鹿にある古城址。場所が分からなくて神戸高校で聞いた。

しかし、学校のすぐ横が城址であったばかりか、見事な石垣。将に足元暗しであった。

この神戸城は文字通り神戸氏が築城した。桓武平氏の末裔である関氏の一族である神戸氏は南北朝時代に飯野寺家町の沢城(神戸西城)を居城としていた。それを神戸具盛(-1551)が1550年に神戸城を築城して移った。神戸具盛は伊勢国司北畠材親の次男であり、神戸氏は北畠氏と結んで北伊勢に勢力を張った。その拠点が神戸城ということになる。

具盛の孫である神戸友盛は織田信長の侵攻に降伏。信長の三男・信孝を養子として和睦した。

そして、蒲生賢秀の妹を妻としていた関係で、信長の命で六角氏の重臣・蒲生賢秀の降伏説得の使者にも立っている。

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しかし、養子の信孝を冷遇したことが原因で結局は幽閉されている。神戸信孝は1580(天正8)年に神戸城に五重の天守閣を建築するも、本能寺の変によって、神戸城を離れ岐阜城に移る。

その後、豊臣秀吉と対立し知多半島で自害。1595(文禄4)年に天守閣も桑名城に移築。

江戸時代に入ると、一柳直盛、石川氏3代を経て、1732(享保17)年に本多忠統が入る。7代忠貫の代で明治維新を迎え、1875(明治8)年に廃城となった。この江戸時代の期間を通じて神戸城には天守閣は築かれなかった。

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Last-modified: 2010-11-27 (土) 22:10:13 (3511d)