23区

甲冑塚

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平塚神社の本殿の裏にあるこんもりとした塚がある。この塚こそが、豊島太郎近義が源義家から拝領した鎧一式を埋めた場所。

当時、現在の平塚神社の場所には豊島家の居城である豊島城があった。豊島近義は清和源氏の嫡流であり武勇で日本一とも言われた源義家からの鎧一式を城の守り神として居城の一角に埋めたと伝わる。

残念ながら、清和源氏の嫡流は鎌倉幕府第3代将軍源実朝で滅ぶ。豊島家は守護神よりは永く続くも、室町時代に勘解由左衛門泰経の代に太田道灌によって滅ぼされた。もっとも、その時の豊島家は既に平塚の地を離れていた。

更に、太田道灌は摂津源氏の流れを汲み、源頼政の末子で鎌倉幕府門葉となった源広綱の子孫。源義家らの河内源氏が清和源氏の嫡流となる以前は摂津源氏こそが嫡流だった。そういうことからすると、因果を感じてしまう。

写真では判然とはしないが、今でもこんもりと盛り上がっている。

2006年4月に訪問。



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Last-modified: 2010-02-20 (土) 00:01:01 (3865d)