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大館八幡宮

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新田氏ゆかりの尾島は大館字吹上に鎮座する古社。新田義貞の曽祖父である新田政氏が勧請したという。

新田政氏は父・政義が突然の出家によって、新田家が宗家の地位を幕府より剥奪され、得川義季と岩松時兼に惣領の地位が分割されていたのを赤橋流北条氏との婚姻関係によって復興させた人物。

但し、現在の社殿は鎌倉時代の当時のものではない。江戸時代に大館の地を含めて周辺を領した津軽支藩の黒石藩の2代目藩主・津軽信敏が1682(天和2)年に再建したもの。

大館の地は新田氏ゆかりの地であり、徳川将軍家ゆかりの地であり、そして、また、津軽氏のゆかりの地でもある。

という具合に書くと、ばらばらな印象を受ける。

しかし、徳川家は得川家を祖とし、得川家は新田一族。

更に、黒石藩祖にして信敏の父である津軽信英(1620-1662)は津軽藩第2代藩主・津軽信枚と徳川家康の養女である満天姫との間の子。満天姫の実父は徳川家康の異父弟である松平康元(1552-1602)。いわゆる久松松平家である。

そして、久松松平康元の母は言うまでもなく徳川家康の生母である於大の方(1528-1602)。於大の方の実家は水野氏。

この水野氏は三河にあって松平氏との間で通婚を繰り返していた家柄。という次第で、黒石藩津軽家は徳川家を介して新田氏に結びついているということになる。



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Last-modified: 2010-05-04 (火) 20:36:26 (3426d)