日本建築史福島県

大内宿

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会津鉄道の湯之上温泉駅からタクシーで大内宿へ。湯野上温泉駅は茅葺の駅舎で知られるが、葺き替え中。

ともあれ、大内宿に向かう。駅から近いと思っていたが、意外と離れている。タクシーを利用しなければ難しい距離。山道をうねうねと回って、ようやく辿りつく。こうした交通の便の悪さが、おそらくは大内宿を現在に残したのだろう。

大内宿は会津若松と日光とを結ぶ南山通りと呼ばれる会津西街道の宿場町。今では幹線道路から外れてしまっているが、会津藩時代には物資の輸送に、参勤交代にと利用された、将に幹線道路だったという歴史を持っている。初代会津藩主の保科正之や二代目藩主の正経は、この道を参勤交代に利用したとされている。

主屋の多くは江戸時代から明治にかけて建築されたという点と、戊辰戦争の戦場となったために本陣を失ってしまっているということを割り引いたとしても、見事な町並みに感嘆するほかない。

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Last-modified: 2010-02-20 (土) 00:24:39 (3495d)