守護大名名門今川家初代・2代

今川範国・範氏

西暦和暦事蹟
1336建武31月:今川範国が遠江国守護職に補任される。
1338建武51月:青野原の戦いにおいて北畠顕家を防いだ戦功により、石塔義房に代えて今川範国が駿河守護職に補任される。これにより、遠江守護職は仁木義長に移る。
1352正平72月:今川範国の子・範氏が遠江守護職に補任される。
観応38月:観応の擾乱の終結に伴い、今川範国は室町幕府引付頭人に任ぜられる。同時に、今川範国が遠江守護職となり、子の範氏は駿河守護職を引き継ぐ。
1361康安元9月:室町幕府2代将軍・足利義詮が執事・細川清氏と対立し、後光厳天皇を奉じて今川範国邸に逃れる。
1365貞治44月:子の今川範氏が没する。この際、範国は範氏の弟・貞世(了俊)を駿河守護職にと考えるも貞世が氏家を推す。
10月:室町将軍・足利義詮が今川氏家を駿河守護職に任じる。
1369応安2今川範氏の孫・泰範が駿河守護職に補任される。これ以前に、泰範の兄・氏家は没している。
この際、氏家は貞世(了俊)の子・孫松丸(貞臣)に駿河守護職を譲ろうとした。これに対して、貞世(了俊)は辞退し範氏の次男で鎌倉の建長寺にいた泰範を還俗させて継がせた。
1384至徳元5月:今川範国が没する。出典:「徳願寺過去帳」、「増善寺記」、『駿国雑誌』、『駿河志料』


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Last-modified: 2010-02-19 (金) 22:32:36 (3690d)