鷺山城

斎藤道三が隠居した場所として知られるお城。

稲葉山城とは長良川を挟んだ位置関係にあります。文治年間(1185〜90)に佐竹秀義によって築城されたと伝わります。佐竹秀義は常陸国を本拠地としていましたが、承久の乱の戦功によって美濃国山口郷地頭職を得ているので、鷺山城築城も有り得なくはないかも。

その後、美濃守護の土岐家の城となりますが、1353(文和2)年に革手城が築城されると鷺山城は一度は廃されたと考えられています。

しかし、土岐頼芸が第11代美濃守護職を継いで革手城に入るまで一時期鷺山城に居住していたことが知られています。

1548(天文17)年、斎藤道三(利政)は息子の義龍に家督と稲葉山城を譲ると、鷺山城を改修し隠居所と定めました。また、斎藤道三の娘で織田信長の正室の帰蝶も鷺山城で暮らしたと伝わります。斎藤道三(利政)が息子の斎藤義龍に討たれたのが1556(弘治2)年。帰蝶を織田信長に嫁がせたのが1548(天文17)年なので暮らしたとしても短期間なのかもしれません。


麓に残る土塁

鷺山城に隠居していた斎藤道三は実の息子の斉藤龍興と長良川を挟んで対峙し、1556(弘治2)年4月18日に激突。道三は敗れて城田寺へと落ち延びる途中で20日に長井忠左衛門道勝、小牧源太道家、林主人らによって討ち取られたといいます。その墓は稲葉山城の近くにあります。


道三塚。2006.04.28訪問