泉澤寺砦

神奈川は川崎の中原にある武蔵吉良氏ゆかりの古刹。ゆかりもゆかりで吉良氏の菩提寺である。もともと、吉良頼高によって1491(延徳3)年に現在の東京の世田谷区に当たる多摩郡烏山に創建。兎も角も諸説あるが、1549(天文18)年に烏山の泉澤寺は火災で焼失してしまったという。1549年と言えば、河越夜戦で北条氏康が関東管領である山内上杉憲政を下し、扇谷上杉家を滅亡に追いやった1546(天文15)年から僅かに3年。何か関係するのであろうか。時代は吉良頼康の頃である。

泉澤寺は砦の役割を担って再建されたが、それは烏山の地ではなく中原の地であった。近くには等々力があるが、その等々力は近代以前は世田谷区側と川崎市側とで一体を成した。もとより、その地は武蔵吉良氏の領地である。とはいえ、吉良頼康は後北条氏の実質的な支配下にあり、かつ、中原街道は後北条氏の軍用道としても利用された事を考えると、この泉澤寺砦は街道の守備のために築城されたと想像する事も出来よう。

なお、寺の周囲に「構堀(かまえほり)」と呼ばれる約1.8メートルの水堀があったと伝えられる。その名残は、「二ヶ領用水」となっている。