象徴派

1848年にイギリスのロセッティ兄弟に、ウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・エヴァレット・ミレイ、ジェームズ・コリンソン、フレデリック・ジョージ・スティーヴンス、トマス・ウルナーの7名によって展開されたラファエル前派と呼ばれる芸術革新運動を展開します。

なぜ、ラファエロ前派かというと、彼らはラファエロの『キリストの変容』(1518-1520)に対して、「簡潔な真実に対する大げさな侮辱、使徒たちの仰々しいポーズ、救世主の精神性の欠如は糾弾に値する」 (『ラファエル前派 ヴィクトリア時代の幻視者たち』 著:ローランス・デ・カール、村上尚子訳)とし、長らく画壇を捉えてきた絵画における因習的規範に決別し、ラファエロ以前の絵画に立ち戻って、目に見えるものをそのまま描こうとしたことに起因します。

こうした動きはフランスの印象派の動きに似ています。

但し、彼らはあくまでもラファエロ以前のイタリア初期ルネサンスに規範を求めました。「P.R.B」[Pre-Raphaelite Brotherhood]という署名を用いたことでも知られます。

ラファエル前派の統一的な活動は、1852年にトマス・ウールナーのオーストラリア移住、1853年のミレイのロイヤル・アカデミー準会員選出、更にはハントがイギリスを後にし、コリンスンとスティーヴンスが画壇を去って文壇へと活動の場を移したことから幕を下ろしました。

しかし、目に見える世界を追求するリアリズムやリアリズムが発展した印象派に対して、神話や伝説に画題を求め文学的で幻想的な作風はフランスのモローやラドン、シャヴァンヌに影響を与えました。