魚名流藤原氏

藤原北家の参議・藤原房前[681-737]の五男である藤原魚名[721-783]を祖とする一族.

藤原魚名は天平宝字8[764]年の藤原仲麻呂の乱で孝謙上皇に与し,孝謙上皇が重祚して称徳天皇となると重用.称徳天皇が崩御後,藤原魚名は藤原永手・宿奈麻呂[良継]・百川らとともに天智天皇の孫・白壁王[光仁天皇]を擁立.権勢を誇った道鏡を排除.

桓武天皇の治世において,右大臣・大中臣清麻呂の引退に伴って藤原魚名は左大臣として太政官の首座に上り詰める.しかし,天武天皇の曾孫である氷上川継の乱に連座したことにより桓武天皇に罷免され大宰帥として左遷.子供達も連座し左遷.魚名は太宰府へと向かう途上の摂津国豊島郡で発病.桓武天皇の命により京に召喚されるも死去.

その子孫は地方官などを歴任する中級貴族として,利仁流・山蔭流・秀郷流・末茂流に分かれて繁栄.秀郷流は武門として名を馳せていった他,魚名流は院政期には院の近臣として公卿に返り咲いた.

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