佐野忠家が神馬を引く

1182(養和2)年1月1日壬申。

卯の刻(午前6時)に、武衛(鎌倉殿)は鶴岡宮に御参りし、神馬を一疋を奉らる。佐野太郎忠家がこれを引く。その後、宝前に於いて法華壽量品を法楽せしめ給うと。


藤原秀郷の末裔の足利七郎有綱の子基綱が、下野国安蘇郡佐野庄を本拠地として佐野太郎を称したのが佐野氏の始まり。平安時代末期から鎌倉時代初期の武将である佐野基綱が佐野氏の祖とされている。佐野基綱は藤姓足利氏の庶流の足利(戸矢子)有綱の子であることから足利基綱とも言われる。足利有綱・佐野基綱父子は寿永2年2月23日(1183年3月18日)に源頼朝と源頼朝の叔父・志田義広が戦った野木宮合戦において、源頼朝に与して有綱の兄の足利俊綱・忠綱父子を敗ったことで知られている。

佐野忠家は藤姓足利俊綱か佐野基綱の一族と考えられる。

posted by N.T.Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.