名字検索:


掛川藩太田家

【歴代】
代数当主・藩主備考
-太田道灌武蔵守護代・扇谷上杉家の家宰.扇谷上杉定正[1443-1494]により謀殺.
-太田資康山内上杉顕定と扇谷上杉定正の間の長享の乱では山内上杉顕定に与す.後に扇谷上杉家に帰参.三浦義同と伊勢宗瑞との戦いで三浦氏に与し討死.
-太田資高扇谷上杉朝興に仕えていたが,北条氏綱と通謀し江戸城を奪取.
-太田康資江戸城代.上杉謙信に寝返り,第二次国府台合戦の導火線となる.里見氏を頼って落ち延びる.
-太田重正徳川家康に仕官.妹・英勝院は徳川家康の側室.
武蔵国豊島郡蓮沼領主500石.
1太田資宗下野国山川藩主[1635-1638]→三河国西尾藩主[1636-1638]→遠江国浜松藩主[1644-1671]
2太田資次遠江国浜松藩主[1671-1678]→摂津・下総国内・大坂城代[1678-1684]
3太田資直摂津・下総国内[1684]→駿河国田中藩主[1684-1705]
4太田資晴駿河国田中藩主[1705]→陸奥国棚倉藩主[1705-1728]→上野国館林藩主[1728-1734]→摂津国内・大坂城代[1734-1740]
5太田資俊上野国館林藩主[1740-1746]→遠江国掛川藩主[1746-1763]
6太田資愛遠江国掛川藩主[1763-1805]
7太田資順遠江国掛川藩主[1805-1808]
8太田資言遠江国掛川藩主[1808-1810]
9太田資始遠江国掛川藩主[1810-1841]
10太田資功遠江国掛川藩主[1841-1862]
11太田資美遠江国掛川藩主[1862-1868]→上総国松尾藩主[1868-1871]→廃藩置県

Copyright (C) 2020 All right reserved by digistats
Copyright (C) 2001-2004 All right reserved by CGI KON