曼殊院門跡

 赤山禅院から鷺森神社を経て川を渡る。出た所に木工製品を売るお洒落な店がある。このお店で少し買い物。そして、道を真っ直ぐに歩くと曼殊院。
 この曼殊院は門跡という名が示すように皇室が住職を務めてきた寺院。下の写真では分かりにくいが、勅使門には門跡寺院であることを示す五本の白線がある。
 また、曼殊院は北野天満宮の別当職を兼ねていた。

 どうして曼殊院が北野天満宮の別当職を兼務していたのか。
 そもそも、ここ曼殊院は伝教大師最澄が比叡山に築いた道場に起源を持つ。その後、天暦年間(947-957)に是算国師が道場を東尾坊として整備。是算国師が菅原家の人であったために、菅原道真を祀る北野天満宮の初代別当職に補された。そして、代々、別当職を受け継ぐことになる。
この是算国師が曼殊院初代とされる。しかし、曼殊院が曼殊院と名乗るのは天仁年間(1108-10)に第8代忠尋大僧正による。
この時、曼殊院は比叡山を降りて北山に別院を建立。
さらに、明暦2(1656)年に第29代良尚親王が、この地に改めて曼殊院を造営した。


紅葉が綺麗な曼殊院の勅使門前(2003.11)

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