[長曾我部元親百箇条における不法行為法]

 「長曾我部元親百箇条」は土佐の長曾我部元親・盛親父子によって、文禄末年(95年)あるいは慶長元(1596)年に制定された分国法であるが、「天正式目」「掟二十二箇条(慶長2[1597]年)」を集大成したものとされている。これはまた、朝鮮出兵を考慮して土佐国内を固めるために発布したとも言われている。いわゆる式目の影響を受けており、社寺崇敬の規定に始まり、年貢・公事の扱い、刃傷殺害の禁令、質物・借米の規定が設けられている。ここでは、このうち、不法行為について述べる。
 Girardによる不法行為法の進化説によると、不法行為法は(1)私的復讐時代、(2)任意贖金の時代、(3)法定贖金時代、(4)國家鎮厭の時代、(5)不法行為法/損害賠償というような段階で進化していくという。長曾我部元親百箇条もこれにそって考えることが出来るだろう。
 長曾我部元親百箇条の中に、
一、借物並預ヶ物、又上り米預り候者、火事盗人にあひ候時、其の預り手之我物迄も失候者、不可立替、若預ヶ物許失候者、可立替事、付、又かし停止之事。
とある。
 律令下では、過失による火災や水難に基づく損害、盗難のうち強盗によるものの場合の損害は民事責任がないとされてきた。そして、窃盗による損害の場合には責任を軽減した。現代法では、有償寄託の場合は「善良ナル管理者ノ注意」(民400条)という抽象的過失で、無償寄託の場合は「自己ノ財産ニ於ケルト同一ノ注意」(民659条)という具体的過失による責任を定めている。
 この点、長曾我部元親百箇条の規定は律令の規定を引き継ぎ、無償寄託に関して具体的過失を規定したものといえる。長曾我部元親百箇条は、損害が発生した場合の損害賠償の方法として、贖金によるのではなく原則として「立替」すなわち「原状回復」とするべきことを規定している。また、有償寄託に関しては何も定めていないが、これは長曾我部元親百箇条のような分国法の時代においては有償寄託自体が然程発達していなかったのではないのかと指摘されている。

[参考文献]奥野彦六、『日本法制史における不法行為法』、創文社(S35)