[31番 鷲窟山 観音院]

 30番から更に奥に行く。
標識を見落として危うくさらに奥の奥までいくところであった。
 途中の地蔵寺の一面の地蔵に京都の化野念仏寺を思い出す。

 いよいよ到着。かなりの人ごみ。ここは門からお堂まで急な階段が続いている。どうやらその頂上で女性が気分を悪くしたらしく救急車が門前に走りきた。
 観音院のさらに奥に山城の遺跡があるというが、なるほどここは要害の地だ。
そして、この観音院には秩父ゆかりの畠山重忠の話が伝わっている。
 重忠がこの地で狩をしたときに何度射っても矢を跳ね返す鷲の巣を見つける。訝しくなり巣を降ろしてみると、それは将門の乱でなくなってしまった聖観音像であったのだという。
 重忠は聖観音像を安置して観音院としたと言い伝えられている。
 重忠というと武州多摩の御嶽神社を思い浮かべるが、ここにも重忠の足跡を見ることができる。

秩父郡小鹿野町飯田観音2211


[11番 南石山 常楽寺]

 秩父の中心街を貫く道路から入ってすぐのところにある。
 場所としては非常に分かりやすい。
この常楽寺に足を伸ばしたときは午後の2時くらいだった。丁度、昼食を終えて一息ついて心地よくなる時間帯でもある。猫が人間様と同じように3度の食事をきちんと同じような時間にとるとは思えないけれども、眠くなる時間には人と猫との差はないようだ。
 本堂の横の売店を兼ねているところの、お茶を陳列してある台の上で猫が昼寝をして巡礼者に愛嬌を振りまいていた。
 当の猫にしてみれば、丁度その台がいい具合に体に合っていて、日もそこそこに当たるところであるから寝ていたという、ただそれだけのことかもしれない。台とはいっても、台の周囲には仕切りが木で拵えてあり、なかば箱のようになっているのだ。猫はなぜか箱が好きである。

秩父市熊木43-28



[7番  青苔山 法長寺]

 7番札所に立ち寄る前に11番に立ち寄った。
本当は第二回目の巡礼は11番札所までにするつもりだった。が、である。
すぐそばに7番があるではないか。ということを地図で確認したわけではない。
まず、丘があった。そして何気なく丘の上を見上げた。このときはもはや帰途についている。だから、2枚の地図もポケットから取り出してすっかり仕舞い込んでいた。
丘の上に寺が見えた。なんと言うお寺かなと少し気になる。そして、調べるより前に巡礼姿の人たちが丘を下りてくるのを目撃した。

 ここは札所ではないか。
標識が見える。「7番」。そう、7番札所だ。
こうなっては立ち寄らない手はない。早速、先の巡礼の人たちが下りてきた道を逆方向に登っていく。
 丘の上にある7番札所の法長寺へと至る道は畑に囲まれており、その先は民家に囲まれていた。下からみたときは大きな境内のように感じたが、丘を登りきったところから見える門への道は車が一台ようやく通れる程度しかない。すれ違うことは出来ないのだ。
 しかし、その道を過ぎると丘の下から見たのと同じ規模の寺の境内が拡がっているのが確認出来る。
 この法長寺、行基ゆかりであり行基の刻みこの地に安置した十一面観音に由来する。行基は十一面観音を背負って秩父の地に至ったが、そこで急に十一面観音が重くなったために、それを霊験として安置したという。その十一面観音がやがて牛の姿となって牧童と出会い、牧童は蹲った牛を看病し一夜を過ごす。一夜明けると牛は十一面観音になっていたのだという。
 その十一面観音のためにお堂を建立したのが法長寺の始まりという。

秩父郡横瀬町苅米1508