蒲原安田城


2018/09/22

越後蒲原にある城で,揚北衆の一つ安田氏の居城.上杉家中には毛利氏系の安田氏と桓武平氏大掾氏流城氏系の安田氏があるが蒲原安田城の安田氏は桓武平氏大掾氏流城氏系の安田氏.

安田氏は鎌倉時代に伊豆の御家人だった大見氏が越後白河庄の地頭となったのが始め.その祖は平将門を討った常陸大掾平貞盛.貞盛の子維茂の子繁成は秋田城介となり城氏となっていきます.つまり,安田氏は城氏と祖を同じにする同族ということになります.

この城氏の流れが大見氏となり,安田氏に繋がったという説もあります.城繁成の曾孫・城小太郎永家の子家光が大見平次を名乗ったというもの.

もっとも,吾妻鑑によれば,大見平次家政は加藤次景廉と共に源頼朝軍として石橋山合戦に加わっています.この大見家政は中伊豆の八幡に館を構えていたことが知られている.1189[文治5]年に源頼朝が奥州征伐の軍を発すると,比企能員と共に北陸道大将軍に任ぜられています.

大見実政は宇佐美とも名乗っていたましたが通称は大見を用いていたようです.そして数々の戦功によって,越後白河庄の地頭職を得ることになります.

大見氏は越後に入ると本拠地とした安田の名前を名乗ります.柿崎氏や水原氏[杉原氏]は同族に当たります.

1513[永正10]年に越後上杉家8代で越後守護上杉定実と彼を擁立した守護代長尾為景が対立すると,安田実秀は上杉定実に与して,中条藤資・築地忠基らの攻撃を受けて安田城は落城.この時,安田実秀は討ち死にしたと言います.

安田実秀の子・長秀は上杉景勝の実父で越後国坂戸城主の長尾政景の妹を娶り長尾家の家臣として活動.その子の安田治部少輔有重は御館の乱では上杉景勝に与しています.

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