鮫ヶ尾城

上杉謙信によって大規模な山城として整備された城.

上杉謙信死後に勃発した御館の乱において、上杉景虎が最期に籠城した場所でもあります.

上杉景虎は上杉景勝の軍勢によって御館を攻められると、少数の兵に守られて鮫ヶ尾城に落ち延びます.この時、付き従ったのは、本庄顕長、東条利長、石坂左近、岩井和泉守、近藤治部左衛門、平野次右衛門、篠窪出羽守ら300人ほど.御館に残った前の関東管領・上杉憲政と道満丸父子は御館にて自刃したとも、和議のために春日山城に登城する途中で、上杉景勝の家臣・桐澤具繁によって討たれたとも伝わります.

この時の鮫ヶ尾の城将は堀江宗親.

上杉景勝は鮫ヶ尾城を包囲し城下を焼き討ちにして城を丸裸に.攻防戦は1週間に及んだものの、遂には落城.城兵は残らず討ち死に・自刃したと伝わります.

2018_07_14

posted by N.Tateno.Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.