中久喜城

小山は中久喜にある西仁連川と谷戸谷に挟まれた台地にある中久喜城.

14世紀後半の小山義政の乱の際に,小山義政が鎌倉府に対する備えとして築城した岩壺城が中久喜城ではないかと考えられています.

乱の後,1590[天正18]年に小山高朝の子の結城晴朝が隠居時に中久喜栃井城に移ったと『結城御代記』に記されています.この中久喜栃井城も中久喜城のことだとされます.

いろいろな名前で呼ばれた中久喜城ですが,小山氏の祗園城と結城氏の結城城の中間という重要な場所に位置しています.小山氏と結城氏が小山政光を祖とする同族であることを考えると,中久喜城の重要性がよく分かります.


【2013/06/22】

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