本堂城

秋田は仙北郡美郷町にある本堂氏の居城.

本丸は東西140m×南北180m,内堀は東西182m×南北273m.その外側を外堀が囲み,東西436m×南北405mの規模を誇っていたと考えられています.

本堂氏は鎌倉時代に陸奥国和賀郡に移住した源忠頼の三男忠朝が出羽国山本郡に進出したことが始まりと言われています.但し,源忠頼[1172-1178]は源頼朝が北条政子と結ばれる前に伊東祐親の娘・八重姫との間にもうけた子・千鶴丸のこと.この千鶴丸は,平清盛の命じられた伊東祐親[-1182]によって松川の轟ヶ淵に沈められています.一方で,殺害を命じられた斎藤兄弟は忠頼を相模国曽我に逃したといいます.そして,後に,源頼朝は多田式部大輔忠頼と名乗っていた源忠頼を奥州南部和賀郡に封じたと伝わります.このために,その子孫は和賀ノ御所と称されました.

さらに,多田源氏の源[多田]行国[1081-1153]の子・行義が和賀に移り住んだことが始まりとも言われます.これらは伝説ということになるのでしょう.

ともあれ,南北朝時代の1352[観応3]年に和賀基義は戦功により足利尊氏から仙北の安本郷・安城郷・雲然郷を賜り,庶子が仙北に入り元本堂城を築城し地域経営の拠点にしたことが本堂氏の始まりとされます.

1535[天文4]年に本堂義親が本堂城を築城し移住.1602[慶長7]年に常陸国[茨城県]新治郡志筑に国替えになるまで本堂氏の居城でした.

posted by N.T.Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.