西窪城

群馬は吾妻郡嬬恋村にある西窪氏のお城。西窪氏は真田氏と同じ滋野一族。

同族である鎌原氏を盟主としていましたが、西窪城の位置も、吾妻川を挟んで鎌原氏の居城の鎌原城と丁度向かい合う関係にあります。

『下屋家文書』の貞治元(1362)年譲状によると、西窪氏は下屋氏に代わって西窪を支配するようになりました。そして、関東管領の山内上杉氏に従いました。

ちなみに、下屋氏の祖は海野幸房であり滋野一族です。海野幸房は三原庄下屋に居を構えて下屋を名字としました。その孫の五学坊の弟・幸兼が鎌原氏の祖になります。西窪氏の他に、芦生田氏、赤羽根氏、名々越氏、万座氏なども下屋氏から分かれた一族になります。

同族の真田氏が先導して武田信玄が上州に侵攻してくると、鎌原城の鎌原氏とともに武田家に仕えます。その後は真田氏に仕えています。

2016年4月9日訪問。

posted by N.Tateno.Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.