古河公方館

館は鴻ノ巣御所とも呼ばれました.

足利成氏の時代に築かれたと考えられています.しかし,1582(天正10)年に第5代古河公方足利義氏が亡くなった後,跡継ぎがいなかったために息女の氏女に300石を与えられて領地が召し上げられてしまいます.

その氏女は,1590(天正18)年に豊臣秀吉が名家断絶を憂いて,小弓御所足利義明の孫の国朝を古河公方の跡継ぎとし氏女と結婚させ喜連川5000石とします.

後に国朝に先立たれた氏女は弟の頼氏と結婚し義親を産みます.義親が亡くなり尊信が喜連川家を承継すると本拠地を喜連川に移し古河館は廃墟となった.

歴代古河公方

歴代名前在職期間関東管領備考
初代足利成氏1455-1497上杉憲忠永享の乱で敗死した第4代鎌倉公方足利持氏の子.
2代足利政氏1497-1512上杉顕定,上杉顕実上杉顕実は足利成氏の子.
3代足利高基1512-1535上杉憲房,上杉憲寛,上杉憲政足利政氏の長男.関東管領・上杉憲寛は足利高基の次男.
4代足利晴氏1535-1552上杉憲政足利高基と宇都宮成綱女との間の子.
5代足利義氏1552-1583足利晴氏と北条氏綱の娘・芳春院との間の子.
足利藤氏1561-1652足利晴氏の長男.上杉謙信によって擁立.上杉謙信が越後に戻ると里見氏家臣・多賀信家が城将を務める上総池和田城に逃れる.後に,古河を北条氏から奪還するも,1562[永禄5]年の北条軍の古河侵攻によって捕虜に.1566[永禄9]年に北条氏康によって処刑.
氏姫足利義氏の長女.足利義氏と北条氏康の娘・浄光院との間の子.

足利氏系譜

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