東堀留川跡

日本橋川に北側から入り込んでいた入濠。西側には西堀留川もありました。

堀留というのは川を上流から河口部を残して埋め立てたものですが、この東西の堀留川は旧石神井川を埋め立てたものだと考えられています。

旧石神井川は不忍池お玉が池を経由して海に注いでいたのですが、江戸幕府によって道三堀と神田川が開削されたことで流路が断たれ、上流は開削された神田川に付け替えられたといいます。

東堀留川には思案橋、親仁橋、萬橋が掛かっていましたし、堀留は日本橋問屋街への表口であり、東堀留川の両岸は蔵地として栄えていましたが、戦後間もない1948[昭和23]年に埋め立てが開始され翌年には姿を消しました。

東堀留川の行き止まり部分は堀留児童公園となっています。

2016/11/26