『毛利家の先祖大江広元』

 「毛利といえば安芸だけど、最初から安芸じゃないんだよね」
 「どこが本拠かというと難しいわ。なにしろ、毛利家のご先祖様は鎌倉幕府開幕のときの重臣の大江広元(1148〜1225)だから」
 「大江広元というと初代政所別当をつとめた人物だね。それに、『守護・地頭の制』を頼朝に進言するなど幕府の基礎を固めた人物としても有名だ」
 「大江広元は元暦元(1184)年に頼朝に招かれて鎌倉幕府に入り、公文所別当に就任しているんだけど、もともとは京都の公家だから」
 「源義家に兵法を伝授したと伝えられる大江匡房(まさふさ)の曾孫が広元だね」
 「その広元が頼朝から相模国毛利庄に領地を貰って毛利を名乗ったのが始まり。承久の乱で活躍した広元の子である季光(すえみつ)が毛利庄を拝領したのね」
 「それ以前にも、毛利庄に本拠を置く毛利氏がいけれども、結局は滅んでいるね」
 「その大江流毛利氏だけど、その後、順調に安芸の毛利氏へと発展を遂げたわけではないわね。一時は族滅の危機にも陥っているわ」
 「三浦泰村の乱だね。その後、安芸毛利と越後毛利に分かれ安芸毛利氏が毛利元就に繋がっていくわけだ」