行為論
- 犯罪とは
- 構成要件に該当する違法,有責な「行為」のことをいいます.
行為論は大きく分けて以下の2つの立場があります.
因果的行為論(判例・通説) | 行為を客観的な身体活動およびそれに基づく因果関係の経過として把握し,意思はその内容を問うことなく単に外部的動作および結果をひきおこす原因であるとする説. |
目的的行為論 | 行為をその存在構造から把握し,意思は外部的挙動や結果の単なる原因ではなく,その内容と支配力によって行為の本質的内容であるとする説. |
| 因果的行為論 | 目的的行為論 |
行為論 | 意思に基づく身体の動静 | 自的的意思に支配された実在的な意味の統一体 |
構成要件論 | 故意は,責任要素であり,構成要件要素でない. | 故意は,主観的構成要件要素である→この段階で,故意犯・過失犯を区別 |
違法論 | 違法の本質は結果無価値(法益侵害).故意は,違法に影響しない. | 違法の本質は行為無価値(人的違法).故意は,違法に影響する |
責任論 | 故意説-違法性の意識ないしその可能性を故意の要素とする. | 責任説-違法性の意識ないしその可能性は,故意とは別の独立の責任要素とする. |
※因果的行為論と目的的行為論の対立は,今日ではそのままの形で維持されていません.
行為の概念
自然的行為論(前田) | 行為とは人の身体の動静であるとする説. |
目的的行為論 | 行為とは目的的意思によって統制された目的的活
動であるとする説. |
人格的行為論(団藤,大塚) | 行為とは,行為者人格の主体的現実化とみられる身体の動静であるとする説. |
法人の犯罪能力
自然人に犯罪能力が認められることは問題がありません,法人について果たして犯罪能力が認められるのかについてはは争いがあります.
法人の犯罪能力否定説(判例,団藤) |
- 伝統的に自然人のみを処罰してきた
- 現行法は,生命刑,自由刑が中心となっており,身体をもたない法人が犯人であることを予定していない
- 感受能力のない法人に対して道義的・倫理的な非難である刑罰を加えることは不可能
- 法人の行為能力は一定の目的の範囲内に限られている
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法人の犯罪能力肯定説(大谷,平野,前田など通説) |
- 法人は法律の擬制した実態のないものではなく,一個の社会的実在であり,機関たる個人とは別の社会的評価を受けているので,社会的非難も自然人と同じように享受できる.
- 特別法には法人を処罰する規定がある.この点に関して,法人の犯罪能力を否定する説ではこれらの特別規定を,法人が受刑主体となりうろことを特別に認めたものと解するが,犯罪能力を認めないで受刑主体たりうろことだけを肯定するのは不合理といえる.
- 確かに,生命刑・自由刑は自然人にしか執行できないが,財産刑は法人など企業体に対しても執行可能.
- 法人の活動も,結果的に詐欺,横領,名誉毀損,談合,わいせつ物販売などの罪にふれる事態を惹起しているとみられる場合がある.
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刑事犯と行政犯とを区別し,後者に対しては法人の犯罪能力を肯定する説(大塚,西原) | 行政取締法規の場合,倫理的色彩が弱く,しかも取締目的の達成のために,法人も行政上の義務を負うのであるから,法人の犯罪能力を肯定する必要があるとする説. |
両罰規定の意味
法人に犯罪能力があると考えたとしても,刑法典に規定されている両罰規定の意味付けを考える必要があります.
- 両罰規定とは
- 行政刑法上,法人処罰の立法技術としての,事業主たる法人(または自然人)と実行行為者との双方を罰する方式
無過失責任説(従来の大審院判例) | 行政的取締の目的から,事業主の責任は,他人の行為の代位責任とする説. | |
過失責任説 | 事業主の処罰は代位責任に基づくものではなく,事業主自身の過失責任(監督不行届の責任)に基づくものであるとする説. | |
| 純過失説 | この説によると,事業主の過失を積極的に立証する必要があります. |
| 過失擬制説 | 法規の中には事業主の過失が当然に擬制されていると考える説. |
| 過失推定説(最判昭32.11.27,通説) | 従業員の過失行為があったときは事業主の選任監督上の過失が推定されるとする説.この場合,事業主は注意を尽したことを立証しなければ刑責を免れることが出来ません. |
犯罪論の体系
- 犯罪論とは
- 犯罪とは何か,犯罪の一般的成立要件を分析し,体系化する理論のこと
犯罪論には2つのアプローチがあります.
- 犯罪認定論的アプローチ(通説)
- 裁判官が犯罪を認定する際の思考順序を明らかにしようとするもの
- 「形式‐一実質」「客観→主観」という順序で体系化する
- 犯罪構造論的アプローチ
構成要件と違法性との関係
通説による分類 |
"構成要件該当性"の判断 | "違法性"の判断 |
罪刑法定主義の建前から形式的・抽象的.類型的な判断/超法規的な判断は許されない | 実質的・具体的・非類型的な判断/超法規的な判断も許される(超法規的違法性阻却事由など) |
- 三分説(M.E.マイヤー,団藤,大塚,大谷)
- 違法性の前に構成要件該当性を独立してとりあげます.
- 二分説
- 構成要件を違法性の内部で論じようという考え方です.
構成要件の意義
- 構成要件は違法性とは無関係な行為類型であるとする説(ベーリング)
- 構成要件は違法な行為類型であるとする説(メッガー)
- 構成要件は違法.有責な行為類型であるとする説(団藤,大谷,前田)
構成要件の種類
基本的浩或要件 | 刑法谷本条や各種の刑罰法規において,個々的に定められている構成要件 |
修正された構成要件 | 行為の発展段階につき(未遂犯・予備)または複数の行為着の関与形態(共犯)につき修正すべき一般的規定によって,基本的構成要件に修正を加えたもの |
積極的構成要件 | 犯罪成立の要件を積極的に示した構成要件 |
消極的構成要件 | 犯罪性を否定する要件を定めた構成要件 ex.109条2項但書,230条2項,230条の2 |
閉ざされた構成要件 | 刑罰法規の構成要件規定上,犯罪要素のすべてが,余すところなく示されているもの ex.殺人罪 |
開かれた構成要件 | 刑罰法規の構成要件規定には犯罪要素の一部分だけが記述されており,他の部分については,その適用にあたって裁判官によって補充されることが予期されているもの ex.過失犯(注意義務が記述されていない),不真正不作為犯(作為義務が記述されていない) |
因果関係
- 因果関係とは
- 結果を行為者に帰賣しうる関係(客観的帰責可能性)のことを指します.
- 行為者に対する責任を論じる前提として,客観的に,犯罪成立の範囲を限定する機能も併せ持っています.
条件関係
- 条件関係とは
- その行為がなかったならば,その結果は生じなかったであろうという関係のことをいいます.
- 仮定的因果関係
- 現にある行為によって結果が生じたけれども,仮にその行為がなかったとしても,他の事情から同じ結果を生じただろうと認められること.
- 択一的競合(二重因果関係)
- 競合してある結果を発生させた2個以上の行為が単独でもそれぞれその結果を生じさせたと考えられる場合
- 条件関係否定説(内田)
- 択一的競合の場合には,結果を回避する可能性はないのだから,どちらの行為についても条件関係は否定するべきという考え方.
- こうした考え方に関しては,刑事責任を合理的に限定するという機能は相当性の判断の場面で考えるべきではないだろうかという批判があります.
- 全体的考察説(平野,大塚,大谷,前田)
- 条件関係の公式に修正を加えて,両方の行為を全体的または重畳的に捉え,両方の行為がともになかったならば結果は発生しなかったであろうという関係が認められる場合には,両方の行為について条件関係を肯定するべきだという考え方.この説の背景には重畳的因果関係の場合に比べ,より危険な行為をしながら,未遂にとどまるのは不均衡ではないかというような考え方があります.
- 個別化説
- A.Bが独立して,それぞれ]のコーヒーに致死量の毒を入れたところ,]はそれを飲んで死亡した.というケースの場合,どちらか一方の毒薬のみが効いたはずだが,どちらが効いたか証明できない場合には,いずれの行為についても条件関係は認められない.これは,「疑わしきは被告人の利益に」という考え方の現れです.
- 効いた時間に先後関係があることが証明された場合には,先に効いた方だけ条件関係を認めることができます.
- 重畳的因果関係
- 2つ以上の互いに独立に行われた行為が,単独では結果を惹き起こしえないが,合併することによって,初めて結果を惹き起こした場合のこと.
- A男・B子が独立して,それぞれS輔のアイス・カフェラテに致死量に達しない毒物を入れたところ,重畳により毒物が致死量に達してS輔が死亡したというケースでは条件関係の公式にそのまま当てはめることができ,A男・B子の行為の両方とも,S輔の死亡と条件関係があると認められます.
- 因果関係の断絶
- 同一の結果に向けられた先行条件が功を奏しないうちに,それと無関係な後行の別個の条件によって,結果が発生させられた場合に,先行条件と結果との間に条件関係がないとすることをいいます.
因果関係の中断との違い
因果関係の断絶 | 条件関係がない | 条件関係の存否の問題 |
因果関係の中断 | 条件関係はあるが,刑法上の因果関係がない | 因果関係理論の問題 |
因果関係の理論
- 因果関係の理論とは,条件関係があることを前提として,さらに,どの範囲で刑法上の因果関係を認めることができるかということを考える理論です.
- 条件説
- 原因説
- 相当因果関係説
| 主観的相当因果関係説 | 折衷的相当因果関係説 | 客観的相当因果関係説 |
| 実行時 | 実行時 | 裁判時 |
| 本人 | 本人 | 裁判官 |
| 本人 | 一般人+本人 | 客観的事情 |
実行行為
- 実行行為とは
- 構成要件に該当する行為のことをいいます.
- 刑法にいう「実行」(§43,§60)とは実行行為のことです.
- 実質的な定義として,「実行行為とは,構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為である」といえます.
実行行為に対する考え方
厳格に捉える説(団藤,大塚) | 緩和して考える説(大谷,前田) |
罪刑法定主義を重視 | 法益侵害を処罰 |
- 基本的構成要件に該当する行為のみ
- 犯人自身の行為のみ
- 実行行為の開始=実行の着手と一致
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- (予備罪など)修正された構成要件に該当する行為も含む
- 他人の行為も含みうる
- 実行行為の開始 ≠実行の着手概念と分離
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不作為犯の実行行為性
- 不作為犯とは
- 不作為によって構成される犯罪をいいます
- 「不作為」とは
- 一定の作為が期待されているのにそれを行わないという意味です.自然的概念では無となりますが,法律的概念では「行為」とされます.
- 作為義務に違反すること
- 作為の可能性および容易性
- 作為との同価値性
- 積極的利用意思(但し,これが必要かどうかに関しては争いがあります.)
積極的利用意思に関する考え方
- 必要説
- 不真正不作為犯の成立要件としては,結果発生の単なる認容では足りず,既発の状態を利用するか,少なくとも意図的に放置したことが必要であるとする考え方.
- 折衷説(団藤)
- 当該不作為を作為と同視する要件として,故意とは別に積極的利用意思が要求されることもあるという考え方.
- 不要説(平野,前田,大塚,大谷)
- 主観的要件を犯罪の成立要件として考慮することは,犯罪の目的・動機といった心情的要素を混入させ犯罪の倫理化を招くのでよろしくない.
- 判例
- 作為義務の程度が弱くとも利用する意思があれば不作為犯は成立するが,作為義務が強い状況にあれば利用意思を不要としています.
- [大判大7.12.18]養父を殺害した者が,格闘中に養父の投げた燃木尻の火が内庭のワラに燃え移ったのをみとめながら 死体その他の証拠物を隠滅するために放置した。既発の危険(火力)を利用する意思があるとして,放火罪の成立を認めた.
- [大判昭13.3.11]火災保険を付した家屋の所有者が神棚の燭台が不完全で,点火して立てた燭台が神符の方へ傾いているのをみとめながら保険金を得ようと思って外出した.
- [最判昭33.9.9]残業中,大量の炭火のおこっている火鉢を,周囲に可燃物のある事務室内の木机の下においたまま別室で仮眠した会社員が,炭火が木机に燃え移っているのを発見したが,容易に消化しうる状態であったのに,自己の失策の発覚をおそれて逃走した。認容する意思のみをもって,不作為により放火行為をしたと認定した。
不作為による従犯
不作為による従犯は認められますが,不作為犯の場合,正犯と従犯は客観的に区別が困難であることが多く,不作為による正犯と従犯の区別基準が問題となります.
主観説 | 原則従犯説(ドイツ通説) | 原則正犯説 | 作為義務説(前田説) |
自己の行為をする意思で行為する場合は正犯,他人の行為に加わろうとする意思で行為する場合は従犯とする. |
結果回避の法律上の義務ある者が他人の行為を止めずに結果を発生させた場合は, 原則として不作為による従犯とする. |
不作為でも犯すことができる構成要件の結果が発生するのを防がなければならない法律上の義務ある者が義務を怠って結 果を発生させた場合は不作為による正犯が成立するという説. |
正犯と従犯を作為義務の内容で区別し,行為者の主観面や他の共犯者の存在を考慮して誰を正犯者として扱うのが最も妥当かという政策的判断も加味した上で,作為による正犯または従犯と同視できるだけのものが認められるかによって,従犯か正犯かを判断するべきだという説. |
不作為による共同正犯か従犯かの区別において,行為者の主観面・客観面を総合考慮して判断しているようである(名古屋地判平9.3.5)
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間接正犯
- 間接正犯とは
- 他人を道具として利用することによって犯罪を実現することをいいます.
正犯・共犯論 | 間接正犯概念の扱い | 批 判 |
制限的正犯概念十極端従属性説 | 処罰の隙間が生じるため,間接正犯として処罰〈間接正犯概念の登場〉 | 刑法は正犯と共犯しか認めないため,そのいずれにも当たらない間接正犯は罪刑法定主義に反するのではないか. |
拡張的正犯概念十極端従属性説 | 間接正犯形態はすべて正犯として処罰 〈間接正犯概念の抹殺〉 | 正犯概念が不当に広がるのではないのか.実行行為概念を放棄しているという批判があります. |
制限的正犯概念十 制限従属性説 | 間接正犯形態をほとんど共犯の中に解消してしまうという点に特徴があります〈間接正犯概念の抹殺〉. | 過失犯を利用する場合,身分や目的のない者を利用する場合等については共犯の中に解消しえないのではないかという批判があります. |
制限的正犯概念(規範的に再構成)十制限従属性説 | 正面から間接正犯の正犯性を理論づける〈間接正犯概念の理論化〉. |
通説によれば,実行行為の定型的意味を考慮すると,制限的正犯論が議論の出発点となります.
共犯独立性説 | 他人を利用する場合はすべて共犯であり,正犯なくして共犯のみで可罰性を有するとする説.この考え方によるならば,すべて共犯であり,あえて間接正犯概念は不要となってしまう. |
共犯従属性説(通説) | 正犯の成立があった場合にはじめて共犯の成立が認められるとする説.犯罪の定型的意味を考えるならば,この考え方によるべきだろう. |
間接正犯の問題点
- 間接正犯の正犯性
- 間接正犯の実行行為
正犯性を認めるとして,利用行為と被利用行為のいずれを実行行為とみるかが問題
となります.この捉え方次第で,間接正犯の実行の着手時期が決まります.
- 間接正犯の成立範囲
- 本人が行わなければ犯すことができない目手犯を認めるか
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