[相殺の抗弁と二重起訴の禁止]
 相殺は抗弁に過ぎないものの、相殺の抗弁が主張されると自働債権の存否に関して既判力が生じる(§24-II)。従って、二重起訴の禁止の趣旨が妥当するため、142条を類推適用することが出来ないかが問題となる。
 この点、前訴で相殺の抗弁を主張した後に、後訴を提起する場合(相殺先行型)には、後訴の提起は二重起訴にあたるものと解する(142条類推)。
 確かに、前訴で主張された抗弁は攻撃防御方法に過ぎないため、「係属する事件」(142条)にはあたらないこと、および、相殺の抗弁について既判力ある判断が得られるか否かは未必的であるとして142条の適用を否定する考え方もある。
 しかし、後訴において請求された債権が後訴で相殺の抗弁に供されている場合においては、相殺の抗弁は判決理由中の判断であったとしても既判力を生じる(114条2項)ために、前訴・後訴の判決間に矛盾抵触が生じる可能性を否定することはできない。そして、二重起訴の禁止が回避しようとしているのは、まさにこの既判力の抵触の可能性であるから、未必的であることは142条の適用を否定する理由とはならない。
 また、142条の適用を否定する考え方によった場合には、相殺の抗弁を提出した者が両訴とも勝訴したという場合には、債権の二重行使を認めざるを得ない結果となり妥当とは言いがたい。
 加えて、抗弁先行型の場合には、自働債権に基づく反訴を前訴において提起することによって対処できるために、後訴の提起は二重起訴にあたるというべきであるとしても妥当性を欠くとは言えない。